【色彩奉納記】

【色彩奉納記 深蘇芳】

喉が焼けるように熱い。
口の中に広がる鉄の味が、わたしを恐怖で支配していく。
ふと唇からこぼれそうになったそれをわたしは飲み込む。
痛くて、苦しくて、息が出来なくて。
でもそんな弱音は吐いていられない。
わたしは『色神(しきがみ)』なのだから。
民を導き、この『赤の国』を彩る使命を背負っているから。
震える身体を奮い立たせ、祭壇の前へと歩む。
そこにはわたしを試すような瞳が無数あった。
 
───引き戻したい。

信用されていない瞳、期待していない瞳。
まるで監視されているようで、ひどく息苦しかった。
とっさに朱色の袴を握ってしまう。

「…これより、七色の神への感謝と、万民豊楽(ばんみんほうらく)五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈念し、奉納神楽(ほうのうかぐら)の儀を執り行います。」
「皆々様、心を静め、神座(かむくら)に想いを馳せ、ご拝観くださいますようお願い申し上げます。」

 祭壇に『色神官(しきしんかん)』である凛紅(りく)さんの声が、澄んだ水のように響く。
 すると場の空気は一瞬にして萎縮する。
 わたしは場を静ませてくれた凛紅さんに想いを馳せながら一歩踏み出す。
 大丈夫。何度も深蘇芳家(ふかすおうけ)で習ったのだから。
 今失敗しては意味がない。
 わたしは震えそうになる手に力を込め、『彩具(さいぐ)』を構える。
 赤色に染まった(つるぎ)(つか)に付くは色とりどりの紐、それに加え鈴が付いている。
 鮮やかなそれをわたしが扱えるかは分からないが、やるしかないのだ。
 彩具を構えた瞬間、わたしの意識はどこか遠く、人が到底たどり着けない神座へ行ってしまった気がした。
 
 ───『奉納神楽 神の舞』

 暖かい夕の日差しが顔を出す。
 まるでこの時を待っていたかのように。
 シャラン、と澄んだ鈴の音が響くたび、色神の指先から鮮やかな赤がこぼれ落ち、灰色だった世界を塗り替えていく。
 色神が舞うごとに、小さな光の粒が溢れ出す。
 その光の粒は、民へ国へと注がれる。
 一つは色を失っていた葉に。
 もう一つは震え希望を見いだせなかった民に。
 灰色が赤色へと変化していくさまはまさに神業。
 あれは人の舞ではない、と誰もが直感していた。
 段々と舞は激しさをます。
 嵐の中をもがく鳥のように。
 舞の激しさに伴って色彩は広がる。

 ***
 
 民が見惚れているうちに、日はすっかり暮れていた。
 夜の帳が降りる。
 小さき色神の努力は剣を鞘に納めた瞬間に幕を閉じた。
 数秒遅れて民から歓声が上がる。
 助かったと。
 救われたと。
 
 ───しかしこの色神への感謝は一個もなかった。

 ***

 歓声の隙間に、誰かの声が混じった気がした。
 凛紅さんの声だろうか。
 でも言葉までは聞き取れなくて。
 ───ただ最後の一言だけが、やけにはっきりと耳に届いた。
 「本当に反吐が出ますよ」
 先程の凛とした声とは違う、酷く湿った声。
 わたしは聞こえなかった振りをして、振り向かないことにした。
 震える両手を隠して。
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