キミと歌姫はじめました!
* * *
公民館に到着する頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
「こんにちはー」
自動ドアを抜けて受付に声をかけると、
「あら、今日も来たのねぇ」
顔なじみのおばちゃんが、にこにこと手を振る。
最初はぎこちなかったやり取りも、今ではすっかり日常の一部だ。
「今日もホール借ります」
「はいはい、いつものね」
手慣れた様子で鍵を取り出しながら、
「頑張ってるわねぇ、応援してるわよ!」
なんて言われて、有栖は少しだけ照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます」
零が軽く会釈する。
鍵と、預けていた機材を受け取る。
カメラやマイク、細かい機材が入ったケース。
もう何度も繰り返してきた流れだ。
重たい扉を開けて、ホールに入る。
零は入ってそうそう、すぐに機材の準備を始めた。
機械音痴の有栖は、そういう類のことを全て零に任せている。
全く、頼もしい相棒だ。
三脚を立てて、カメラを固定。
LEDライトの位置を調節して、影ができないように工夫する。
マイクの位置を調整して、音をチェックした。
一つ一つの動きに無駄がない。
準備している零の横で、軽く息を吸い込んだ。
「……あー……」
声を出す。
ホールに、すっと響く。
もう一度、少しだけ強く。
「——あぁぁ……」
広い空間に、自分の声がまっすぐ伸びていく。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……やっぱ好きだな)
目を閉じる。
声を出す。ただそれだけ。
それが昔から、どうしようもなく心地よかった。
外のことも、焦りも、不安も。
全部、一瞬だけ消える。
「調子どう」
機材から目を離さないまま、零が声をかける。
「んー……悪くはない」
正直に答える。
「でも、完璧じゃない」
「完璧じゃなくていいでしょ」
さらっと返ってくる。
有栖は思わず苦笑する。
「そーいう感じのこと、今日めっちゃ言うね」
「事実だから」
零はカメラの角度を微調整しながら続ける。
「むしろ今日の配信、そこ見せてもいいかもね」
「え?」
「ライブやります、新曲作ってます、でも苦戦してます、みたいな」
「いやいやいや、それ大丈夫!?」
「人間味あっていいじゃん」
「いやそれはそうだけど……!」
有栖は少し考えて、うーんと唸る。
「……でも、ちょっと嫌かも」
「なんで」
「かっこつけたいじゃん、どーせなら」
即答だった。その言葉に、零は一瞬だけ手を止める。
それから、少しだけ笑った。
「十分かっこいいと思うけど」
「え、どこが?」
「全部」
「軽いなぁ〜……」
頬を膨らませる有栖を横目に、零は再び機材に向き直る。
「配信の流れ、もう一回確認しとく?」
「うん」
有栖は指折り数えながら言う。
「まずライブ発表して」
「うん」
「新曲やりますって言って」
「うん」
「で、最後にリクエスト多かった曲一曲歌って終わり」
「OK」
シンプルな構成。
でも、その新曲がまだない。
「……やばいね、改めて思うと」
ぽつりと漏れる。
「ね、やばい。」
零もあっさり同意する。
「でも、やるしかないんだよね」
「うん、頑張ろう。」
顔を見合わせて、少しだけ笑う。
準備は、ほぼ整った。
カメラも、音も問題ない。
あとは――
「……よし」
有栖は軽く頬を叩く。
「やりますか」
「よし」
ライブ配信のセッティングが終わると、
有栖は一人隣の部屋へ向かった。
ホールの片隅にある小さな小部屋だ。
ここイベントや催事があるときは、ここが控室になるらしい。
「ふぅ……」
扉を閉めると、少しだけ肩の力が抜けた。
制服のリボンを緩め、慣れた手つきで上着を脱ぐ。
クローゼット代わりのハンガーにかけて、
代わりにいつものラフな衣装へと着替えていった。
少し大きめのパーカーに、グレーのプリーツスカート。
それが、有栖にとっての歌うときの自分だった。
鏡の前に立ち、軽く髪を整える。
黒い長髪が肩に流れ落ちる。
「よし」
小さく呟いて、最後に取り出したのは――白い狐の半面だった。
目元と鼻だけを隠す、そのお面。
揺れるたびに、細いタッセルと小さな鈴がかすかに鳴る。
ちりん、と小さく。
その音が、有栖は昔から好きだった。
(これ、やっぱいいなぁ)
そっと顔に当てる。
視界が少しだけ狭まる。
でも不思議と、息苦しさはない。
むしろ――歌うスイッチが入る感じがした。
公民館に到着する頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
「こんにちはー」
自動ドアを抜けて受付に声をかけると、
「あら、今日も来たのねぇ」
顔なじみのおばちゃんが、にこにこと手を振る。
最初はぎこちなかったやり取りも、今ではすっかり日常の一部だ。
「今日もホール借ります」
「はいはい、いつものね」
手慣れた様子で鍵を取り出しながら、
「頑張ってるわねぇ、応援してるわよ!」
なんて言われて、有栖は少しだけ照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます」
零が軽く会釈する。
鍵と、預けていた機材を受け取る。
カメラやマイク、細かい機材が入ったケース。
もう何度も繰り返してきた流れだ。
重たい扉を開けて、ホールに入る。
零は入ってそうそう、すぐに機材の準備を始めた。
機械音痴の有栖は、そういう類のことを全て零に任せている。
全く、頼もしい相棒だ。
三脚を立てて、カメラを固定。
LEDライトの位置を調節して、影ができないように工夫する。
マイクの位置を調整して、音をチェックした。
一つ一つの動きに無駄がない。
準備している零の横で、軽く息を吸い込んだ。
「……あー……」
声を出す。
ホールに、すっと響く。
もう一度、少しだけ強く。
「——あぁぁ……」
広い空間に、自分の声がまっすぐ伸びていく。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……やっぱ好きだな)
目を閉じる。
声を出す。ただそれだけ。
それが昔から、どうしようもなく心地よかった。
外のことも、焦りも、不安も。
全部、一瞬だけ消える。
「調子どう」
機材から目を離さないまま、零が声をかける。
「んー……悪くはない」
正直に答える。
「でも、完璧じゃない」
「完璧じゃなくていいでしょ」
さらっと返ってくる。
有栖は思わず苦笑する。
「そーいう感じのこと、今日めっちゃ言うね」
「事実だから」
零はカメラの角度を微調整しながら続ける。
「むしろ今日の配信、そこ見せてもいいかもね」
「え?」
「ライブやります、新曲作ってます、でも苦戦してます、みたいな」
「いやいやいや、それ大丈夫!?」
「人間味あっていいじゃん」
「いやそれはそうだけど……!」
有栖は少し考えて、うーんと唸る。
「……でも、ちょっと嫌かも」
「なんで」
「かっこつけたいじゃん、どーせなら」
即答だった。その言葉に、零は一瞬だけ手を止める。
それから、少しだけ笑った。
「十分かっこいいと思うけど」
「え、どこが?」
「全部」
「軽いなぁ〜……」
頬を膨らませる有栖を横目に、零は再び機材に向き直る。
「配信の流れ、もう一回確認しとく?」
「うん」
有栖は指折り数えながら言う。
「まずライブ発表して」
「うん」
「新曲やりますって言って」
「うん」
「で、最後にリクエスト多かった曲一曲歌って終わり」
「OK」
シンプルな構成。
でも、その新曲がまだない。
「……やばいね、改めて思うと」
ぽつりと漏れる。
「ね、やばい。」
零もあっさり同意する。
「でも、やるしかないんだよね」
「うん、頑張ろう。」
顔を見合わせて、少しだけ笑う。
準備は、ほぼ整った。
カメラも、音も問題ない。
あとは――
「……よし」
有栖は軽く頬を叩く。
「やりますか」
「よし」
ライブ配信のセッティングが終わると、
有栖は一人隣の部屋へ向かった。
ホールの片隅にある小さな小部屋だ。
ここイベントや催事があるときは、ここが控室になるらしい。
「ふぅ……」
扉を閉めると、少しだけ肩の力が抜けた。
制服のリボンを緩め、慣れた手つきで上着を脱ぐ。
クローゼット代わりのハンガーにかけて、
代わりにいつものラフな衣装へと着替えていった。
少し大きめのパーカーに、グレーのプリーツスカート。
それが、有栖にとっての歌うときの自分だった。
鏡の前に立ち、軽く髪を整える。
黒い長髪が肩に流れ落ちる。
「よし」
小さく呟いて、最後に取り出したのは――白い狐の半面だった。
目元と鼻だけを隠す、そのお面。
揺れるたびに、細いタッセルと小さな鈴がかすかに鳴る。
ちりん、と小さく。
その音が、有栖は昔から好きだった。
(これ、やっぱいいなぁ)
そっと顔に当てる。
視界が少しだけ狭まる。
でも不思議と、息苦しさはない。
むしろ――歌うスイッチが入る感じがした。