幼なじみの救命士は、再会した初恋の私を今度こそ逃がさない 〜拒否権なしの溺愛同居〜
第3話 「俺んとこに、逃げて来い」
頼まれていた入力作業を終え、芽依子は軽く伸びをする。
「水谷ちゃん、昼いせ行きましょー」
「はいっ」
"昼いせ"という隠語で、同僚の小田がお昼休憩に誘った。
小田は、芽依子の勤めている百貨店の総務部に長年在籍しているお局様でもある。
とはいっても、柔らかい雰囲気のアラフィフ女性で、芽依子とは親子みたいに仲が良い。
「今日は、初恋ヒーローの愛情弁当なのね♪」
「小田さんっ……声大きいですっ」
「若いわねぇ~、羨ましいわぁ~」
からかいを含んだ意味深な顔で、芽依子が広げた弁当を覗きこんだ。
おにぎりと彩り豊かなおかずが、箱いっぱいに敷き詰められている。
中でも、芽依子の好物である卵焼きは、実家の味に驚くほど似ていた。
(味付け、わざわざお母さんに聞いたのかな……)
遥希の「めいのことは全部知ってる」という言葉が、甘い卵の味と一緒に胸に広がっていく。
芽依子は、今朝、鼻歌を歌いながら準備していた遥希を思い出す。
『一人も二人も一緒やからな』
遥希と暮らしはじめて、早くも一週間が経った。
只でさえ、救急隊という激務なのに、甲斐甲斐しく芽依子の世話を焼く。
「それにしても、早いとこ別れないとね」
「……そうですよね」
「見た感じ、そんな風な男に見えなかったんだけどね」
日替わり定食を口に運びながら、小田は神妙な面持ちになる。
芽依子もそう思っていた――少なくとも最近までは。
江崎は大学時代の先輩で、爽やかなルックスと人当たりの良さに、学部でも人気者だった。
(告白されたときは、嬉しかったけど……)
だが、アルコールが入ると、人が変わったみたいに凶暴さがあらわになる。
時には、誰といたのかと聞かれて、スマホを勝手に見られたこともあった。
『心配してるだけだろ』と笑いながら。
(……あの時の笑い方、今思い出しても気持ち悪い)
別れ話も、タイミングを間違えると、何をされるかわからない。
あの日から音沙汰がないのも、気味が悪い。
薄れてきた背中の痛みが、彼の狂気を思い出させてきた。
「とにかく、用心しないとね。初恋ヒーローにも、ちゃんと助けてもらいなさい」
「……やっぱり頼ったほうがいいですよね?」
「当たり前よっ、何かあってからじゃ遅いわよ。それに――」
***
社員証を見せて従業員通用口から退勤したところで、芽依子は手を振る存在に気付く。
「はる兄っ……どうしたの?」
「お疲れ。迎えに来た」
「え?」
「今日、なんか嫌な予感してん」
遥希の後ろに視線を向けた瞬間、建物の奥に――見覚えのある影。
(……うそ)
喜んだのもつかの間、一瞬で血の気が引く。
見間違いかと思いたいが、再確認する勇気がない。
「めい?」
「……なんでもない」
遥希の体を盾にして、そっと視線を向けるも、行き交う人々しか見えない。
あの立ち方、あの背格好、一瞬とは言え、江崎の出で立ちにそっくりだ。
(気のせい……だよね)
小田に言われた言葉が、頭をよぎる。
『それに、頼ってくれたら嬉しいもんなのよ、男って生き物はね』
芽依子は、当たり前に車道側を歩く遥希を見上げる。
手は自然と繋がれていて、心地良い力加減は彼の優しさそのものだ。
「はる兄、わがまま言っていい?」
「ええよ、何でも聞いたる」
「スタドのフラペチーノ、飲みたい。忙しかった自分へのごほうびに」
「持ち帰りにしよか」
「え?……」
「家のが安心するやろ?」
繋がれた右手が、ぎゅっと強く握られた。
「俺おるとこ以外、安心せんでええ」
「はる兄も気づいてたの?……」
「確証はなかってんけどな。でも、めい見たらわかったわ」
もし江崎が尾行して、遥希のマンションが割れたらだめだ、と、芽依子はさりげなく寄り道を提案したのだ。
それすらも、遥希にとってはお見通しで、こんなときまで周りを優先する芽依子に少しばかり苛立ってしまう。
それでも、芽依子のなりの精一杯の甘えに、遥希の口元が綻んだ。
スタードックスカフェのフラペチーノを手に、帰り道を歩く二人。
ふと、背後に気配を感じて、芽依子が振り返る。
――誰もいない。
でも、さっきよりも、確実に近づいている気がした。
背中の奥が、嫌な痛みとともにじわっと冷たくなる。
(気のせいじゃ、ない)
伸びて重なる影は、家路まで途切れることはなく、二つのまま――
そうあってほしかった。
「水谷ちゃん、昼いせ行きましょー」
「はいっ」
"昼いせ"という隠語で、同僚の小田がお昼休憩に誘った。
小田は、芽依子の勤めている百貨店の総務部に長年在籍しているお局様でもある。
とはいっても、柔らかい雰囲気のアラフィフ女性で、芽依子とは親子みたいに仲が良い。
「今日は、初恋ヒーローの愛情弁当なのね♪」
「小田さんっ……声大きいですっ」
「若いわねぇ~、羨ましいわぁ~」
からかいを含んだ意味深な顔で、芽依子が広げた弁当を覗きこんだ。
おにぎりと彩り豊かなおかずが、箱いっぱいに敷き詰められている。
中でも、芽依子の好物である卵焼きは、実家の味に驚くほど似ていた。
(味付け、わざわざお母さんに聞いたのかな……)
遥希の「めいのことは全部知ってる」という言葉が、甘い卵の味と一緒に胸に広がっていく。
芽依子は、今朝、鼻歌を歌いながら準備していた遥希を思い出す。
『一人も二人も一緒やからな』
遥希と暮らしはじめて、早くも一週間が経った。
只でさえ、救急隊という激務なのに、甲斐甲斐しく芽依子の世話を焼く。
「それにしても、早いとこ別れないとね」
「……そうですよね」
「見た感じ、そんな風な男に見えなかったんだけどね」
日替わり定食を口に運びながら、小田は神妙な面持ちになる。
芽依子もそう思っていた――少なくとも最近までは。
江崎は大学時代の先輩で、爽やかなルックスと人当たりの良さに、学部でも人気者だった。
(告白されたときは、嬉しかったけど……)
だが、アルコールが入ると、人が変わったみたいに凶暴さがあらわになる。
時には、誰といたのかと聞かれて、スマホを勝手に見られたこともあった。
『心配してるだけだろ』と笑いながら。
(……あの時の笑い方、今思い出しても気持ち悪い)
別れ話も、タイミングを間違えると、何をされるかわからない。
あの日から音沙汰がないのも、気味が悪い。
薄れてきた背中の痛みが、彼の狂気を思い出させてきた。
「とにかく、用心しないとね。初恋ヒーローにも、ちゃんと助けてもらいなさい」
「……やっぱり頼ったほうがいいですよね?」
「当たり前よっ、何かあってからじゃ遅いわよ。それに――」
***
社員証を見せて従業員通用口から退勤したところで、芽依子は手を振る存在に気付く。
「はる兄っ……どうしたの?」
「お疲れ。迎えに来た」
「え?」
「今日、なんか嫌な予感してん」
遥希の後ろに視線を向けた瞬間、建物の奥に――見覚えのある影。
(……うそ)
喜んだのもつかの間、一瞬で血の気が引く。
見間違いかと思いたいが、再確認する勇気がない。
「めい?」
「……なんでもない」
遥希の体を盾にして、そっと視線を向けるも、行き交う人々しか見えない。
あの立ち方、あの背格好、一瞬とは言え、江崎の出で立ちにそっくりだ。
(気のせい……だよね)
小田に言われた言葉が、頭をよぎる。
『それに、頼ってくれたら嬉しいもんなのよ、男って生き物はね』
芽依子は、当たり前に車道側を歩く遥希を見上げる。
手は自然と繋がれていて、心地良い力加減は彼の優しさそのものだ。
「はる兄、わがまま言っていい?」
「ええよ、何でも聞いたる」
「スタドのフラペチーノ、飲みたい。忙しかった自分へのごほうびに」
「持ち帰りにしよか」
「え?……」
「家のが安心するやろ?」
繋がれた右手が、ぎゅっと強く握られた。
「俺おるとこ以外、安心せんでええ」
「はる兄も気づいてたの?……」
「確証はなかってんけどな。でも、めい見たらわかったわ」
もし江崎が尾行して、遥希のマンションが割れたらだめだ、と、芽依子はさりげなく寄り道を提案したのだ。
それすらも、遥希にとってはお見通しで、こんなときまで周りを優先する芽依子に少しばかり苛立ってしまう。
それでも、芽依子のなりの精一杯の甘えに、遥希の口元が綻んだ。
スタードックスカフェのフラペチーノを手に、帰り道を歩く二人。
ふと、背後に気配を感じて、芽依子が振り返る。
――誰もいない。
でも、さっきよりも、確実に近づいている気がした。
背中の奥が、嫌な痛みとともにじわっと冷たくなる。
(気のせいじゃ、ない)
伸びて重なる影は、家路まで途切れることはなく、二つのまま――
そうあってほしかった。