幼なじみの救命士は、再会した初恋の私を今度こそ逃がさない 〜拒否権なしの溺愛同居〜

第7話 喪うことが、怖かった


『ごめん、今日はひとりでいたい』
その短い一文が、遥希の呼吸を浅くした。
車に飛び乗り、湿度が残る夜の街へ繰り出したものの、正直見当もつかない。
 

「……実家、やんな」 

赤信号に捕まったまま、もう何度目かわからない溜め息を吐いた。
額に嫌な汗が、じわりと浮かんで纏わりつく。 
腕を乗せたハンドルが鉛のように重く感じる。
 
遥希は、助手席のスマホを見た。
画面は静かなまま、沈黙を貫いている。

――まるで、芽依子みたいに。
 
電話を掛ける指が、止まる。

(なんで、迎えに行かんかってん……俺のあほ)

芽依子の様子がおかしかったことくらい、分かっていた。
でも、いつもみたいに、甘えてくれると思っていたから――芽依子から来るのを待っていたのだ。
 
思い付く限りの原因を並べてみても、しっくりこない。
 
(試験でも、元カレでもない……)
 
不意に浮かんだ顔に、遥希は眉を寄せた。

(……まさか和可子?)  

芽依子が、自分から距離を置く。
それがこんなにも怖いなんて、知らなかった。

(考えるんは、めいを見つけてからや……)
 
青信号の光を受けて、軋み折れそうな心でアクセルを踏み込む。

*** 

流れていく夜景の向こうに、見覚えのある公園が見えた。
遥希は、思わずブレーキをかける。
 
――痛みと苦い記憶が、じわりと蘇る。

小学校も幼稚園も休みの日曜日。
芽依子に誘われて、公園のブランコで遊んでいた。

「はーるーにーぃー!見ててねっ!」
「めいっ……漕ぎすぎやっ!……もうちょいゆるめな落ちるでっ」
「へいきー!めいっ、もっと早くできるよっ」

立ち漕ぎで、どんどん加速していく芽依子。
遥希は落ちる前に止めようと、ブランコを降りて近寄った瞬間――。

「きゃぁっ!!」
「めいっ!!!」
 
勢いにバランスを崩し、鎖から手を離してしまう。
芽依子の体がまるでマネキンみたいに、軽々と後ろに仰け反り、地面に落ちた。
  
「大丈夫かっ?!めいっ!!」 

遥希は叫びながら、芽依子に駆け寄った。
彼女の額から一筋の赤い滴が流れる。

「めいっ……血が……どうしよっ……めいっめいっ!」

指が震えて、うまく触れない。
喉の奥が引きつって、息ができなかった。
 
「めいっ!目ぇ開けやっ!めいっ!」
「っひっ……うっっ……」

微かに漏れ出るうめき声。  
瞳は伏せられたまま、動かない。
   
「めいっ……死なんといて……俺のせいやっ……」

足元が氷のように張りついて、動かないまま。
遥希は声の限り、ぐちゃぐちゃに濡れた声で芽依子の名前を呼び続ける。
 
(めいが起きひん……怖いっ……誰か助けてっ!) 
  
「大丈夫だ」

突然、低い声が割って入った。
振り向くと、知らない男性が芽依子の側へ寄ってしゃがみ込む。
   
「まずは君が落ち着いて。お兄ちゃんだろ?」

男性は慣れた手つきで芽依子の額を押さえた。
遥希は食い入るように、男の行動を見守る。 

「お嬢ちゃんは大丈夫だぞ……」   
「めいっ……大丈夫なん……?……死なへん?」
「救急車が来るから、安心しなさい」 
「……んぅ……」    
「めいっ!」
 
弾かれたように、芽依子の手を握った。
ゆっくり開いた丸い瞳が、遥希を見つける。
  
「はるにぃ……いたいの?」
「めいのほうが痛いやろっ……!」

堪えている遥希に、芽依子は小さな手を伸ばした。
いつものふわりとした笑顔で、遥希の頬をさする。
優しい体温が、遥希の恐怖をとかしていく。
  
「だいじょうぶ……いたいのいたいの、とんでけー」
「……っつ……」
 
その瞬間、遥希の中で何かが壊れるみたいに、また涙が溢れた。     

その後、救急隊が到着するも、困ったように周囲を見る。
遥希が芙美に連絡したものの、繋がらなかった。
 
「なら、俺が付き添います」

そう言ったのは、さっきまで芽依子を診ていた男性だった。
 
「――署の救急隊に所属しているんで……」
「助かります」

頭を打っていたので、救急車へ運ばれていく芽依子。
目を離さないよう、横に付いていた遥希は振り返る。
 
「待って!俺も行くっ!」
「君はおうちの人を呼んで、病院名を伝えて」
「いややっ!めいっ……!」

救急車の扉が無慈悲に閉まる。
赤色灯が遠ざかっていくのを、遥希は何もできないまま見送った。
泣くことしかできない自分が、悔しかった。
 
(その時は、知らない男に、めいを託すしかなかってんなぁ……)

あの時、
――芽依子を助けられなかった
――芽依子を喪うかもしれない

その恐怖はやがて、遥希の目指す道を確定させた。  
もう二度と、芽依子を失う側にはなりたくなかった。

(せやのに、また逃げられた……)

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