幼なじみの救命士は、再会した初恋の私を今度こそ逃がさない 〜拒否権なしの溺愛同居〜
「池田くん、一緒に写真いい?」
文化祭を満喫していると、女子たちに呼び止められて遥希が振り返る。
「あー、ごめん」
そう言いながら、芽依子の肩を抱いたまま笑う。
「今、お嬢さまの案内中やから」
その笑顔がまたアイドル並みの破壊力で、女子たちは赤く頷くのに精一杯だった。
何度目かわからないこのやりとりに、遥希は少しだけ疲弊する。
チラッと隣を見やると、静かに何かを考えている芽依子。
「はる兄って……ほんと人気者だよね……カッコいいのわかるもん」
「ん゛ん゛っ……もう、ほんま、いちいち可愛いんやから」
誤魔化すように遥希は咳き込んだ。
すると今度は前から、呼び止められる。
「あー!いたいた!池田くんっ」
「…………何か用?」
「わかってるくせにっ!飛び込みで、ミスターコンいくわよ!」
「俺、出るなんて言うてへんし……」
「いや無理やって——」
断ろうとすると、得意気な顔で遮られる。
「池田くん、クラス全員の推薦でエントリー済みです!」
「はぁぁっ!?いつの間に?」
「執事服着てる破壊力がすごいからってみんなの総意よ!さっ諦めて優勝しよっ!」
「何でやねんっ、意味わからんわっ」
「ミスターコン?」
状況が掴めない芽依子が、遥希の腕に引っ付いたまま小首を傾げる。
「えっ、その子……妹?」
「いや、でも距離近くない?」
「池田くん、めっちゃ甘くない?」
すかさず文化祭実行委員の女子が、芽依子のキラキラした瞳に目を留めてグイッと距離を詰める。
「ねっねっ!ミスターコンに出るカッコいい池田くんを、いつもとは違うステージで見たいよね?」
「おいっ、いらんこと言うな。めい、聞かんでええよ」
遥希がすかさず芽依子の耳を塞ごうとするが、時すでに遅し。
芽依子の瞳はすでに期待でいっぱいに膨らんでいた。
「カッコいい……はる兄……見たいっ」
「よっしゃぁぁ!」
「だって、はる兄は世界一カッコいいんだもんっ」
「めい……あのさ……」
何とか話を逸らそうとするも、芽依子は燕尾服の袖をきゅっと握りしめる。
「だめ?」
今まで"めい"のお願いを無下にしたことはあったか。
いや、皆無だ。
しかも、こんな風に潤んだ上目使いな瞳も、無自覚だから遥希はますます目が離せなくなる。
「……あー……もうっ……しゃあないなぁ……」
「めいにはほんま、一生勝てる気がせんわ」
遥希は前髪をくしゃりと掻きむしりながら、観念したように笑った。
***
半ばやけくそでステージ裏へと連行された遥希だったが、いざ幕が上がると、その圧倒的なビジュアルで会場の空気を一瞬で支配した。
「さぁ、次はダークホースの登場だぁぁっ!二年A組の池田遥希ぃぃ!!」
「……どーも」
まばゆいスポットライトを浴びて、黒の燕尾服を纏った遥希が気怠げにステージ中央へ歩み出る。
割れんばかりの悲鳴と歓声が体育館を揺らす中、
司会や他の出演者とは明らかに落差のひどいテンションだ。
だが遥希の視線が、最前列で身を乗り出してペンライトを振っている、ちいさな幼なじみだけを真っ直ぐに捉えた。
「準備はいいかぁ?!キュンなセリフまで3.2.1……!」
マイクを握り、ひと息吐く。
遥希はふっと、その端正な唇を優しい兄がただ一人の幼なじみに向けられた笑みへと変える。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
「今日は俺が、ちゃんとエスコートします」
低い声がスピーカーを通して体育館中に響き渡った。
「きゃぁぁぁあ!! やばい、国宝級!!」
「待って待って、心臓痛すぎるっ!!」
「むりむりむりっ……墓が立った……」
阿鼻叫喚の渦と化す客席。
芽依子の隣でステージを眺めていた清子が、腕を組んで呆れたように息を吐いた。
「我が息子ながら、恐ろしいやつ……。めいちゃんの一言でこれやもんね」
「ふふっ、はる君ステキ! あんな顔、家では見せないものねぇ」
「すごいすごいっ!はる兄、ほんとに執事みたいっ!!カッコいい~!!」
芽依子と芙美が嬉しそうにパチパチと手を叩いているのを見て、清子が吹き出した。
「めいちゃんには、うちの息子の本気が全然伝わってへんの、ウケるわ~」
その賑やかな人混みのさらに後ろ、ミスコンの出番を待っていたポニーテールの女子――花島和可子が、ステージ上の遥希をじっと見つめる。
(へぇ……池田くんって、思ったより面白いんだ)
彼女の口元が、わずかに上がる。
(ちょっと興味出てきたかも)
花島の大きな瞳が、獲物を見定めるみたいに興味深い色で揺れていた。
そんな周囲の視線の交錯など、コンテストで見事グランプリをかっさらった遥希には、どうでもよかった。
ステージを降りるなり、一目散に駆け寄ってきた芽依子を、遥希はすぐに自分の大きな身体で人混みから隠すように抱き寄せた。
「はる兄おめでとっ!めちゃくちゃカッコ良かったよっ!もうすごく大好きっ!」
腕の中に飛び込んでくる芽依子の、ふわふわとした髪をぽん、と撫でる。
胸の奥が甘く、激しく締め付けられて、喉の奥がヒリついた。
(だから……そんな顔で好きとか言うなって)
(そのうち、ほんまに我慢できひんくなる)
小学生とはいえ無邪気すぎるその笑顔に、胸の奥の熱がまた行き場をなくす。
「…………はぁ」
「はる兄?」
「……なんでもない」
遥希は晴れ渡る秋の空を見上げて、深く、熱いため息を吐き出した。
「……早よ大人になりたいわ」
その本当の意味を、芽依子だけはまだ知らない。
遥希は誰にも気付かれないように、芽依子の小さな手をそっと握り、自分の隣へ引き寄せた。
それは無意識みたいに自然な仕草だったのに、離す気は最初からなかった。
そして、この日を境に――
芽依子が「ミスターコンの溺愛お嬢さま」として学校中に広く知れ渡ることになったのだ。