幼なじみの救命士は、再会した初恋の私を今度こそ逃がさない 〜拒否権なしの溺愛同居〜
「ただいま……って、あれ?めい?」
次の日、病院研修を終えた遥希が、玄関で首を傾げた。
いつもなら出迎えるはずの、可愛い彼女の姿がない。
(今日と明日は、仕事は休みやったはずなんやけど……)
遥希がリビングに入ると、芽依子がソファで無防備にうたた寝していた。
あどけない寝顔を遥希が静かに眺めていると、気配に気づいた芽依子が寝ぼけ眼をこする。
「あれぇ……はるにぃ、おかえり」
「ただいま。……本、読んでたん?」
「うん……読み返したら止まらなくて……ふぁぁ……」
芽依子は欠伸をしながら、伸びをする。
ソファ横のローテーブルに置いていたはちみつ紅茶を飲むと、少しずつ目が覚めてきた。
「キリのええとこまで、読んだら?」
「いいの?」
「その方がすっきりするやろ?」
「ありがと!すぐ終わるからね」
遥希がいつものように頭ぽんぽんして横に座る。
芽依子はそのまま遥希の肩にもたれながら、再び本を読みはじめた。
遥希は横目で本の表紙を見て固まる。
「え……『もしかして、恋かもしれない くまのりおり作』……なんでそれ読んでんの」
「え?だってすっごく人気なんだよ!」
「へぇ……」
「ねぇねぇ、ここすごい!政宗がね『もう逃がさへん』って!」
ページをめくり、おすすめのシーンを朗読する芽依子。
「きゃーっ!こういうのドキドキする~!」
「……めい」
(……待って。俺、目の前おるよな?)
(なんで小説に負けてんねん)
そんな遥希の胸の内など露しらず。
期待に満ちた眼差しで、芽依子は本の中を指差す。
「はる兄も、こんなの言える?」
「…………言える」
「え?」
「ていうか俺の方がずっと重い」
「ほら……『お前の心の準備が出来るまでずっと待つ。ただ、許したらもう止まらないから溺愛される覚悟しとけ』……やろ?」
遥希は髪を触ったり、手を繋いだり、完全に構いたいモードなのに、しっかりセリフを引用してきた。
まさかのチョイスに、芽依子の脳内は一瞬でショートする。
「……めい?」
「な、なに?」
「なんで目ぇ逸らすん?」
「逸らしてないっ」
耳まで赤くなった芽依子を見て、遥希は意地悪な笑みで覗き込む。
「……へぇ、政宗にはそんな顔するんやなぁ……俺おるのに」
「ちっ……違う、はる兄が言うから……」
ぴくりと遥希の眉が跳ねる。
少し拗ねたような声が、芽依子の胸を揺らした。
「なぁ、めい。そろそろ“はる兄”卒業せぇへん?」
「えっ……」
「兄ちゃうやん、今」
芽依子の髪を指に絡めながら、じっと見つめる。
夜勤明けなのに、爽やかな石鹸の香りに、芽依子の思考は甘くとかされていく。
「いや……あの……」
「めいー?……俺、逃がさへんよ?」
「うぅ……は……はるき……」
「もう一回。ちゃんと俺見て」
「……遥希……」
吐息が重なる距離で、遥希はふっと、唇に視線を落とした。
「なぁ……あいつにも、そうやって名前呼んだん?」
「あいつ?……」
その大きな手が、芽依子の細い手首を優しく、けれど容易には抜け出せない力加減で固定する。
「……江崎。あいつとは、どこまでしたん」
「えっ……?」
「……ごめん。気になってもうて」
「手繋いだり、キス止まり……だったよ」
その言葉に遥希の体がピタリと止まった。
芽依子は芽依子で、恥ずかしさに視線を逸らしつつ、消え入りそうな声で続ける。
「……でもね、不思議だった」
「ん?」
「嫌じゃなかったけど、ドキドキしなかった」
「……」
「……遥希といる方がずっと落ち着く」
言葉として吐き出すと、胸の支えが取れたみたいで、芽依子は自然と顔がほころんだ。
「…………よかった」
心の奥底でくすぶっていた仄暗い感情が、静かにほどけていく。
遥希は安堵したように小さく息を吐いた。
「何が?」
「いや、なんでもない……焦らへんよ」
「ずっと好きやったんや。今さら逃げへん」
遥希は視線を伏せ、嬉しさを噛みしめるように小さく笑う。
それが見れただけで、芽依子も嬉しくなる。
「ただ……名前呼ばれたん嬉しくて我慢できひん。……めいは、この先はこわい?」
一瞬だけ、お洒落な下着の記憶が脳裏をよぎる。
けれど、そんなことどうでもよくなるくらい、遥希の優しい眼差しが胸を満たしていた。
芽依子は震える手を伸ばし、しっかりと遥希の逞しい首にその腕を絡めた。
「こわいけど……遥希となら、こわくない」
「芽依子……」
初めて聞く妖艶な声に、自分の名前なのに背筋が震える。
何を意味するのか、分からないほど鈍くない。
「遥希……大好き……」
遥希の瞳が、驚いたように揺れる。
次の瞬間、答えるように愛おしげに目を細めた。
重なる唇は、どこまでも熱く、甘く、溶け合っていった。
はじまりは、"はる兄"と"めい"。
さよならのかわりに、はじめまして――遥希と芽依子。
救われて、守られて、恋をして、愛に変わって。
――そして二人の物語は、これからも続いていく。