幼なじみの救命士は、再会した初恋の私を今度こそ逃がさない 〜拒否権なしの溺愛同居〜
そのまま池田家で夕食を食べた芽依子は、清子に借りたエプロンを着ける。
その間に、遥希は弁当箱を二つ出して並べた。

「なんで二つ?はるパパの分?」
「ちゃうよ、これはめいの分。明日お昼に食べるかなぁ思って」   

芽依子は大きく頷いて、「ありがとう」と遥希の腕に抱きついた。
ぽんぽんと頭を撫でながら、献立を考える。

実際の芽依子の腕前は、思い付く限り芳しくない。
 
(手先が少し不器用……やからなぁ……)

遥希はうーんと頭を捻りながら、やる気に満ちた芽依子でも、簡単で、なるだけ失敗しないものを選ぶ。

「何から作る?」
「ほな、まずは卵焼きからにしよか」

冷蔵庫から卵二個を取り出して、ボウルとともに渡す。

「味付けはどうする?」
「もちろん、はる兄の好きな味でっ」
「りょーかい」
「じゃ、卵、割ります」

誰に向けるでもなく宣言した芽依子が卵を打ち付ける。 
コン。
 
「お、ええ感じやん」
 
いつもの鰹だしがなくなっていたので、ストックから探そうと背を向けた瞬間。

ぐしゃ。
  
「あ……」という声が聞こえた。
 
振り返ると目に飛び込んだのは、黄身は潰れ、殻は盛大に侵入している。
 
芽依子が固まる。
遥希も固まる。
数秒の沈黙を破り、遥希は静かに名前を呼ぶ。
 
「……めい」
「まだ大丈夫っ!これは想定内っ!」
「……うん、とりあえず殻取ろか。こうやって取るねん」
「へぇ~」
「……なんで取った先から新しい殻入れるん」
「あれ?あ、でも大丈夫!任せてっ」 

背中を押された遥希はその間に、液卵に入れる調味料を量っていく。
隣からは、奮闘している声が聞こえる。
 
「…………めい、代わろか?」
「全部取れたっ……じゃ!今度こそっ」 
「ちょっ……めいっ、割り方は――」
 
コン。
ぱかっ。
 
「あ」
「あ」
「あぁぁぁぁぁっ!!」
 
二個目の卵も盛大に殻ごと着地した。   
遥希は静かに天井を見上げた。
 
(これは、卵焼きだけで終わるやつやな……)

そんな二人のやりとりを、清子は生暖かい目で見守っていた。

卵焼きと格闘すること、三十分余り。
出汁に混じって少し焦げた匂いが、ダイニングにも漂っていた。
芽依子は神妙な面持ちで、ダイニングチェアに座った遥希と清子の前に皿を並べる。
     
「というわけで。こちらは一作目」
「続きまして、こちらが二作目」
「そして……なんと、三作目」  

芽依子は謎の物体たちを、テンポ良く、そして誇らしげに指差した。
 
「全部卵焼きですっ!」
「知ってる」
「……めいちゃんっ!頑張ったやんっ」

清子は力作揃いの卵焼きを、スマホのカメラに余すことなく収めていく。 
芽依子は遥希の顔色を伺いながら尋ねる。
  
「どれがいい?」
「え?選ぶ権利あるん?」
「もちろん!」  
「ほな……これ」
「えっ、それ!?」

遥希は迷うことなく、一作目を手に取った。
意外な答えに、芽依子は目を見開く。 
  
「なんで?あかんかった?」
「……一番形崩れてる」
「せやからや」
「?」
「めいが一番頑張ったやつやろ」
 
はじめての銅板製卵焼き器で……卵よりも、芽依子の頑張った三十分の方が価値がある。
と、いうか。
はじめて芽依子が遥希のために作った卵焼き。
うまく巻けなくて、焦げ付いてて、何なら殻入りかもしれない一作目。

それが遥希には、何ものにも替えがたいほど、嬉しくて愛しいことだから。 

「ありがとうな、めい。明日の昼が楽しみやわ」
「ふふっ」 
    
芽依子は嬉しそうに、その卵焼きを弁当箱の一番目立つ場所に詰めた。

***
 
次の日、文化祭の準備のため、クラスで作業していた遥希。
一段落した彼のもとに、隣のクラスの花島が声をかける。
 
「はーるきっ、一緒にお昼食べよう」
「俺、今日弁当あるで」
「あたしもお弁当用意してきたから大丈夫」
「ほな、取ってくるわ」 

そんな二人の会話を聞いていたクラスメイトたち。

「去年のミスコンとミスターコンがカップルとか……出来すぎかっ!」 
「遥希……あんな美女が彼女とか羨ましすぎるっ!」
「花島さん、いいなぁ~」

皆からの羨望の眼差しを受けて、花島は彼女という立場の嬉しさを隠すことなく、堂々と遥希の腕に抱きつく。
それに比べて、遥希は変わらない表情で受け流した。 
今はそれでもいい――花島はそう思っていた。
  
二人は外野が少ない屋上に移動し、空いているベンチに腰を降ろす。 
弁当箱の蓋を開けると、花島が遥希の手作りと聞いて、まじまじと魅入る。
    
「おいしそうっ!ね、遥希、おかず交換しない?」
「ええけど」

返事したものの、遥希は思い出す。
  
「あ、卵焼き以外な」
「あら、形も色も悪いわね……失敗したの?」  
「ちゃうよ。……これは特別なん」
「美味しくなさそうなのに?……」

(これは、めいが俺にだけくれた“はじめて“やから、誰にも渡さへんねん) 

怪訝な顔で見るも、遥希は全く気にしていない。
何なら愛おしそうに、卵焼きを見ていた。 
それは未だに自分には向けられていない表情。 
 
「何それ……」    

花島は小さく毒づいた。
それから、何度か遥希の弁当箱に鎮座していた卵焼き。
それを花島が口にすることは無かった。

遥希は一口、卵焼きを頬張る。

(やっぱりな……ほんま、めいのやつ……)

じゃりじゃり音と可笑しな食感がひろがるも、愛しい幼なじみの奮闘姿を思い出し、胸の奥に小さな熱が灯る。

(あかん……俺のためとか、めっちゃにやける)
 
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