しずくの欠席の理由
 同じものが好きな友達がいることは、いいことだ。
 わたしは女児向けの女の子のアイドルのアニメ「それでもアイドル!」の主人公のあいかちゃんが好きだ。
 あんなふうになりたいと憧れている。
 あいかちゃんのイメージカラーがピンクなので、白のランドセルに、ピンク色のうさぎと、あいかちゃんのミニチュアのヘッドセットのカプセルトイのキーホルダーをつけている。
 ペンポーチも、リボンつきのピンク色のものにしている。
 
 クラスでは、友達の早瀬朝陽(はやせあさひ)と、よく話す。
 朝陽は女子だが、ランドセルは黒だし、ペンポーチもグレーだ。(以前、かわいいものを持つのが恥ずかしいと言っていた)
 だけど、朝陽はアニメ好きで「それでもアイドル!」も観ているため、それについて、よく会話する。
 今日は休み時間に朝陽に話しかけられた。
「しずく、おはよっ!昨日の『それでもアイドル!』見た?」
「見たよ!すっごく感動しちゃった!」
 わたしが、そう答えると、少しの間、「それでもアイドル!」の今回の話について盛り上がった。
 いつも、こんな感じだ。
 ちなみに朝陽はアニメ監督になるのが夢らしい。
 少し前に、わたしに教えてくれた。
 ずっと朝陽と学校生活を楽しみたい。
 そう思っていた。
 しかし、ある日、そんな日常は崩れ去ってしまった。

 ある晴れた日のことだった。
 クラスの中心人物で、茶髪で巻き髪の大崎さんに休み時間に、訊かれた。
「ねぇ、あんた、ファッション雑誌とか読まないの?」
 後ろには取り巻きの草野さんと土田さんがいて、ニヤニヤしている。
 わたしはファッション雑誌は読まないので正直に読まないと言った。それが、いけなかった。
 大崎さんは、ヒステリックに怒り出した。
「はぁ!?イマドキ、ファッションに興味ないとか女子として終わってるんじゃない!?ってか、あんた、もう小五になるのに、女児向けアニメが好きとか痛すぎだから」
 草野さんと土田さんは大笑いして、確かにーとかウケるーとか言っている。
 何が、そんなに、おかしいのだろうか。
 小学五年生の女子がアニメを観ていたら、頭がおかしいのだろうか。理解できない。
 大崎さんは、冷たく、つづけた。
「あ、もしかして、あんた、アイドルになりたいとか?その顔でアイドルになるとか無理だよ。オタクだね」
 別に、わたしは一度も、「アイドルになりたい」とは言ってない。本当に言ってない。
 わたしが何も言い返せず黙っていると、朝陽が気づいたのか、こっちにやって来て、大崎さんたちに言った。
「ねぇ、大崎さんたち、しずくに何か言った?やめてよね」
 すると、大崎さんは、とぼけて、何も言ってませんよーと言った。
 草野さんと土田さんも、こくこくとうなずいて、同調していた。
「しずく、大丈夫?何も言われてない?」
 朝陽が心配そうな表情で訊ねる。
「大丈夫だよ」
 わたしは、本当に大切な友達である朝陽に心配をかけたくなくて、そう言ってしまった。
 本当は、大丈夫ではない。
 泣きたいような気分だった。

 ー次の日から、大崎さんによる、いじめが始まった。
バレたくないのか、大崎さんが、わたしの机に悪口を書くようなことは、なかった。
 ただ、教科書やノートを隠されたり、すれ違う時に大崎さんから「死ね」と言われたりした。
 小四のころ、少しだけ大崎さんと仲が良かった時期があり、連絡先を交換していた。
 大崎さんはスマホを持っていて、わたしはキッズスマホを持っている。
 大崎さんから、毎日、メッセージで人格否定をされた。
〈ブリッコ〉
〈かわいいものが好きなフリをして、男に媚びている、お前に生きている価値は、ない〉
〈気持ち悪い女〉
 わたしの心は、バラバラになりそうなほど傷付いた。
 わたしは、ある日、学校を休んだが、そうすると、両親から怒られるため、仕方なく、学校へ行った。

 隣の席の男子ー福沢くんから、教科書やノートを見せてもらう日が増えた。
 ある日、福沢くんに、訊かれた。
「水原さん、教科書やノートを見せることは、かまわないのだけど、最近、すごく、そういうことが増えてきたから、心配なんだけど、何かあった?いじめとか?」
「えっと......」
 わたしは、答えられなかった。
 福沢くんとは隣の席というだけで、あまり話したことがない。
 否定されることが怖いので、何も言えない。
 わたしは、ごまかすように言った。
「ごめん。最近、教科書やノートを福沢くんに見せてもらうこと、増えたよね」
「.....。」
 福沢くんは何か言いたげな表情だったが、無視した。

 大崎さんのいじめは、日に日に酷くなっていった。
 昼休みになると、大崎さんは、わたしに「ねぇ、パン買ってきて」と言うようになった。
 断ると、大崎さんは、わたしに、こう吐き捨てた。
「死ね性悪ブリッコ女」
 さすがに朝陽も気づいて、何度か「それって、いじめだよね?やめてね」と大崎さんに注意していたが、大崎さんは聴く耳を持たなかった。

 ーある日、わたしは、完全に学校に行けなくなった。
 学校へ行こうと起き上がろうとしても、動けなかった。
 お父さんからは「学校は?早く行きなさい」と責められた。
 お母さんからは「学校にも行かずに遊んでる子」とレッテルを貼られた。
 うちは昔の家で、室内に鍵もないため、両親が仕事に行くまでは、ずっと叱られて、辛かった。
 お父さんとお母さんが仕事に行ってからは、テレビを居間で見て過ごした。
 アニメが始まると、大崎さんに、わたしが女児向けアニメが好きなことが原因で人格否定されたことを思い出して、傷付いた。
 そんな時は、テレビを消して、真っ黒な画面を見つめながら、しばらく泣いた。
 わたしは、もう、かわいいものを持つことも、できないし、アニメを観ることも、できない。
 これから、何を楽しみに生きていけばいいのか分からない。
 光も、希望も、ない。
 昼ごろになると、わたしはカップラーメンを作って食べた。
 うちは、おこづかい制でもないし、お父さんも、お母さんも、料理もしないし、ごはん代金も置いていってくれない。
 食事は毎日、家にあるカップラーメンだ。
 わたしはインスタント食品が苦手だ。
 だけど、我慢して、それを食べるしかない。
 
 夜は眠れないことが多かった。
 時々、眠れる日があっても、追いかけられる悪夢を見た。
 怖かった。
 だけど、そんな本音は両親にすら言えなかった。
 ーそんな地獄のような日々を、なんとか過ごしていた、ある日、担任の男の先生の河村先生が、家に車で、やって来た。
 これまで何もしなかった河村先生が、わたしを心配するわけないと、なんとなく予感していた。
 その予感は、当たっていた。
 河村先生は、わたしを見て、不思議そうな顔をして、とんでもない勘違い発言をした。
「お前、おれのことが好きで、おれに迎えに来てほしくて、わざと学校に来ないのか?」
 わたしは、背筋がゾッとした。
 わたしは、河村先生のことを好きだなんて、一度も言ったことがない。
 そして、河村先生は、わたしの腕を掴み、無理矢理、車に乗せようとした。
「やめてください!」
 そう言っても、全く聴いてもらえなかった。
 わたしは、ポケットにあるキッズスマホを取り出し、小学校へ電話した。
 女の教師が電話に出た。
 河村先生のことを、わたしが報告しても、女の先生は、バカにするように笑い声をあげて、こう言った。
「あんたが誘惑したんでしょう?魔性の女」
 わたしは絶望した。
 大人たちは、だれも、わたしの話を聴いてくれない。
 もう、あきらめて、河村先生の車に乗るしかない.....。
 そう思った、その時だった。
「キモッ」
 聞き覚えのある声だった。
 声のした方を見ると、朝陽が、そこにいた。
 朝陽は、河村先生を睨みつけて言った。
「先生、それセクハラ発言ですよ。先生みたいな気持ち悪い人、好きになる子、いないから」
 河村先生は、そんなこと、あるはずがないというような感じで、目を丸くして、わたしの手を離した。
 その隙に、朝陽は、行こ、と言って、わたしの手を掴んで、どこかへ連れ出してくれた。
 朝陽は、わたしが学校を欠席しているから、様子を見に来たのかもしれない。

 朝陽が連れ出してくれたのは、最近、近くにできたカフェだった。
「わたし、お金、持ってないよ」
 わたしが不安になると、朝陽が、やさしい声で言った。
「うちが、おこづかい制で、少し、お金持ってるから、わたしが、お金出すよ」
「でも......」
悪いし、とわたしが、つづけようとすると、朝陽が、やって来た店員さんに二名でと伝えてしまい、わたしも店内に入ることになってしまった。
 カフェの店名は「迷子の休憩室」だった。
 店内には、フリーピアノが置かれていて、一人の女性がシューマンの「子どもの情景」の中の「見知らぬ国」を演奏していた。(わたしも低学年のころ、ピアノを習っていたので曲名は分かった)
 店員さんに案内されて、わたしと朝陽は席に着いた。
 やさしい茶色の木のテーブルとイスが心地よいと、わたしは感じた。
「あの、おこづかいで足りる?」
 わたしが心配しても、朝陽はニコッと笑って言った。
「わたし、非常事態の時のために、おこづかい貯めてて、常に、お金多めに持ち歩いてるし大丈夫だよ」
「そうなんだ......」
 朝陽にとって、今は非常事態ということなんだろう。
 朝陽が心配そうに訊ねる
「しずく、ちゃんと食べてる?少し、やせちゃったように見えるけど」
 カップラーメンしか、食べてないことを、わたしは伝えた。
 すると、朝陽は目を丸くして言った。
「え、そうなの?今日だけになるかもしれないけど、なんでも好きなの頼みな!あ、一つまでだけど」
 ーメニュー表を交代で見て、それぞれ、どれにするか考えた。
 朝陽は、いちごパフェを頼んで、わたしは抹茶のシフォンケーキを頼んだ。
 頼んだものが届くまでの間、朝陽と、わたしは少し話をすることになった。
 朝陽が、わたしに何があったのか訊ねた。
 わたしは、河村先生のことを、女の先生に報告してもダメだったことや、大崎さんにメッセージで悪口を言われていることを話した。
 「辛かったね」
 朝陽は、いたわるように、そう言ってくれた。
 今まで、どれだけ一生懸命、言葉にしても、だれも、わたしに、やさしい言葉をかけてくれなかった。
 だけど、朝陽は、わたしに、やさしくしてくれた。
 そのことに、わたしは静かに感動していた。
 しばらく待って、注文した食べ物を店員さんが運んできてくれた。
 ー朝陽が、いちごパフェをスプーンで、すくって、一口食べる。
「いちご、すっごい、みずみずしい!」
 わたしも、抹茶のシフォンケーキを食べた。
 とても、やさしい甘さが口の中に広がった。

 「迷子の休憩室」を出ると、時刻は午前十時半になっていた。
「しずく、このあと、どうする?」
朝陽に訊かれた。
「家に戻っても、親に『学校に行きなさい』って言われるし、明日になれば、また河村先生が、うちに来ると思うし、家には戻りたくない」
 わたしは本心を伝えた。
 すると、朝陽はニコッと笑って、こう言った。
「じゃ、うちに泊まる?」
「いいの?」
わたしが、そう訊ねると、朝陽は、ちょっとママに話してみると言って、身につけているショルダーバッグから、自身のキッズスマホを取り出して、電話を、かけ始めた。
 ー数分くらい経って、電話が終わり、朝陽は、軽く言った。
「ママ、いいよって言ってたー。パパにも伝えておくってー」
 そして、わたしは、この日、朝陽の家に泊まることになった。
 ー朝陽の家に行くのは初めてだ。
 今までは、小学校で、話したことしかなかった。

 朝陽の家は、意外と近くにあった。
 少し遠いけれど、電車とか使わなくて良くて、歩いて行ける距離にあった。
「お邪魔します。水原です」
 中に入ると、朝陽のお母さんが、出迎えてくれた。
「あら、あなたが、しずくちゃん?いつも朝陽から話聴いてるよー。今日は、ゆっくりしていってね」
「すみません。ありがとうございます」
わたしが、おじぎをすると、いいのよーと、朝陽のお母さんは、おだやかに言った。
 そして、朝陽のお母さんは、少し申しわけなさそうに、つづけた。
「でも、ごめんね。うち、お客様用の部屋がないから、朝陽と一緒の部屋になるけど、いいかな」
「はい。かまいません」
 わたしは、ハッキリと言った。
 両親と河村先生と離れられるなら、なんでもいい。
 床で寝てもいい。そう思った。

 朝陽の部屋は、だいたいグレーの家具で、まとめられていた。
「灰色って好きなんだよね。あいまいでもいいって言ってくれているようで」
 朝陽は、そう言った。
 わたしは、グレーの羽毛布団が、かけられたベッドに目を奪われてしまった。
 あんなに、いい布団は、うちには、ない。
 わたしは、いつも、ペラペラな布団で、寒がりながら寝ている。
 すると、そんな、わたしに気づいた朝陽が、なんでもないことのような感じで、こう言った。
「あ、夜、ベッド使いたかったら使っていいよー。うち、お客様用の部屋は、ないけど、予備の布団あるし、わたしが布団しいて寝るし」
「えっ!?本当に、いいの!?」
 わたしは、思わず、そう言ってしまった。
 それでも、朝陽は、いいよーと言ってくれた。
 すごく助かるなぁと、わたしは思った。
 しかし、わたしのポケットのキッズスマホの音楽が鳴り響いた。
 確認すると、大崎さんからのメッセージだった。
〈性格悪いブリッコ女!嫌い!〉
 いつもの悪口だった。
 やめてほしいと言いたくても、怖くて言えない。
 わたしが、うつむいていると、大崎さんから?と朝陽が訊ねた。
 わたしは、うなずいた。
 すると、朝陽が訊ねた。
「キッズスマホ、どこの?」
 わたしは自身のキッズスマホの携帯会社を伝えた。
 すると、朝陽が教えてくれた。
「わたしと一緒だね。そこのキッズスマホなら、登録した連絡先を消せば、電話もメッセージも受け付けられなくなるよ」
「えっ、そうなんだ」
 知らなかった。
 ただ、わたしは、お母さんに、ついて行って、連絡取れるように、キッズスマホを持つことにしただけで、説明書を、きちんと読んでいなかったからかもしれない。
 今すぐ、大崎さんの連絡先を消そう。
 わたしが、そう思った、その時、あ、でもと朝陽がつづけた。
「電話とメッセージ拒否する前に、言いたいこと言っちゃえば? これまで、しずくは、たくさん我慢してきたんでしょ」
「でも、そんなことしたら、やり返されるのが怖いし......」
 わたしが、そう言うと、朝陽は、わたしに寄り添うような声で言った。
「そんなの登校拒否すればいいじゃん。わたしは、しずくが生きているだけでいいよ。もう無理に学校に行かなくていいよ」
「そう言ってくれて、ありがとう」
 わたしは、自分の目が、うれしさで少し濡れていることに気づいた。
 わたしは、大崎さんに返事した。
〈あなたには、絶対に負けません〉
 そして、大崎さんの連絡先を消した。
 言い返せたのは、これが初めてだった。
 なんだかスッキリしたような気分になった。
 これから先、自分の将来への不安は、ある。
 だけど、朝陽が友達でいてくれれば、生きていける。そんな気がした。

 昼近くになると、朝陽のお母さんが、ノックして部屋に入ってきた。
「お昼ごはん、できたわよー。今日は、からあげにしたから、朝陽も、しずくちゃんも、しっかり食べてね!」
「うん。ありがとう、ママ」
 朝陽が返事する。
「はい。ありがとうございます」
 わたしも、朝陽のお母さんに、そう言った。
 すると、朝陽のお母さんが、つづけた。
「それと、しずくちゃん、親御さんには、しずくちゃんが、いじめにあっていること、伝えたし、河村先生と、しずくちゃんに『魔性の女』って言った女の先生のことは、県の教育委員会に、電話で言っておいたから」
 わたしは驚いた。
 まさか、朝陽のお母さんが、そこまでしてくれるとは思わなかった。
「もちろん、しずくちゃんが大崎さんって女子から、いじめられていることも県の教育委員会に伝えたわ」
 朝陽のお母さんは、そう付け加えた。
「あの、ありがとうございます。このお礼は、大人になった時に必ず......」
 わたしが、そう言うと、朝陽のお母さんは、ほほ笑んで言った。
「いいのよ、いいのよ。しずくちゃんが安心して過ごせるようになってくれれば、わたしは、それでいい」
 わたしは、気がつくと、うれしくて泣いていた。
 朝陽が、わたしの頭をなでてくれた。
「しずく、ズッ友だよ」
 ズッ友とは「ずっと友達」の略だ。
 わたしは、うなずいた。
 でもと思って、わたしは、つづけた。
「わたし、もう『それでもアイドル!』を見ると嫌なこと思い出して、辛くなるし、見れないし、朝陽と同じもの、好きじゃいられないよ。共通の話題もないし、朝陽は、わたしといても、つまらないかもしれないよ」
 言いながら、わたしは不安になった。
 しかし、朝陽は、やさしく否定した。
「つまらなくないよ。わたしは、しずくが生きているだけでいいんだよ。友達じゃん!」
 わたしはホッとした。
 まるで、光の中にいるような気持ちだった。
 自分は、ずっと大崎さんに、いじめられつづけるのだと絶望していた。
 自分は、毎日、両親に責められ、河村先生からは、セクハラ発言をされることになるだろうと絶望していた。
 でも、これからは、そうではないかもしれない。
 まだ不安だけど、一%くらいは希望が見える。
 そして、その希望の光に、わたしの心は救われている。

 お昼ごはんは、朝陽のお母さんと朝陽と、わたしで食べることになった。
(朝陽のお父さんは、仕事中だ。朝陽は学校を休んでくれた)
 朝陽のお母さんが、白ごはんを盛りつけてくれた。
 ーからあげの味は、最高だった。
「おいしい......」
 わたしが、つい敬語を忘れて、つぶやくと、朝陽のお母さんが、うれしそうな表情をして、良かったわーと言ってくれた。
 
 昼食を済ませると、わたしと朝陽は、朝陽の部屋に、もどった。
 よく見ると、朝陽の部屋には、本棚があり、本棚には、有名なアニメ映画の監督の本や、アニメ制作会社の本などが、しまってあった。
 わたしは、以前、朝陽が、アニメ監督になるのが夢だと言っていたことを思い出して、それらの本を、見つめた。
 すると、興味ある? その本たちと朝陽が声をかけてきた。
 朝陽が重ねて訊ねる。
「女児向けアニメ以外の本なら見れそう?」
 少し考えたあと、わたしは、うなずいた。
 そして、その後、朝陽とアニメ監督の本や、アニメ制作会社の本を開いて、見た。
 景色が美しい絵を見たり、制作秘話やインタビューを読んだりした。
 わたしは、女児向けアニメ以外の作品を、見たことがなかったので、朝陽が作品のストーリーを要約して教えてくれた。
 わたしの先のことは、分からない。
 だけど、わたしのストーリーも、まだ、つづいている。

 今のわたしには、夢がない。
 朝陽のような、大人になったら、こういう職業に就きたいという夢がない。
 以前、小学校で、河村先生から、将来の夢を書く宿題を出されたことがあったけれど、わたしは、うまく書けなかった。
 しかし、授業で「将来の夢」を発表する時間があった。
 男子たちは、口をそろえたように「サッカー選手」と言っていて、女子たちは、女子たちで、それを言うのが暗黙のルールとでも言うように「インフルエンサー」と言っていて、わたしは退屈だった。
 わたしは、大人がする仕事については、よく分からなかったため、「お母さんになりたい」と発表した。
 男子たちは、わたしを笑った。
「お母さんなんて、だれでもなれるっつーの!」
 女子たちも、クスクス笑っていた。
「何それ、ダサッ!」
 わたしは、正直に、夢はないと言えば良かったと後悔した。
 わたしは、落ち込んだ。
 しかし、そんな時でも、朝陽だけは違った。
「わたしの将来の夢は、アニメ監督になることです。そのために、今はアニメ監督やアニメ制作会社の本を読んでいます。将来は、自分の作った作品で、傷付いた、だれかを救いたいと思っています」
 小学生とは思えないほど、しっかりした口調で、朝陽は、そう言っていた。
 ーわたしは、あの時から、朝陽を、とても尊敬している。
 クラスの子たちは、アニメの世界のことを調べもせずに、何それーとか無理だと思うよーとか言っていたけれど、わたしは、なんとなく、朝陽の夢は叶うような気がしている。
 クラスの子たちが、なんて言っても、わたしは、わたしだけは、朝陽の夢を信じている。
 そして、今は、まだ夢がなくても、いつか、わたしにも、なりたいと思えるものが見つかるといい。そう思っている。

 ーそして、いつの間にか、夜が、やって来た。
 今夜は金曜日なので、金曜日のテレビ放送の映画が、やっていた。
 今回は、朝陽の好きなアニメ監督の映画だそうだ。
「しずく、良かったら、一緒に見ない?女児向けアニメではないから」
 わたしは、うーんと少し悩んだけれど、アニメが好きだと、だれかから、オタクだとバカにされるかもしれないし、怖いけれど、朝陽と一緒なら、大丈夫かと思って、いいよーと言った。

 ーその日の夜は、朝陽とテレビ放送のアニメ映画を見た。
 堂々とすることが、暗黙のルールとなっている教室で、怖がりな主人公の男子中学生が、ラストで「ぼくは、そうは思わない」と自己主張する話だった。
 わたしは、とても感動した。
 それしか言えないことが悔しいくらい、感動した。
 そのことを朝陽に伝えると、朝陽も、わたしもと言っていた。
 ちなみに、朝陽のお母さんが、おやつやフルーツジュースを用意してくれていたのに、作品のあまりの良さに、それらには、朝陽も、わたしも、ほとんど手をつけなかった。
 ちょっぴり、わたしは、朝陽のお母さんに申しわけない気持ちになった。

 ーその日の夜は、よく眠れた。
 グレーの羽毛布団は、あたたかかった。
 雨上がりの空に、虹がかかる夢を見た。
 きっと未来は、明るい。
 なんの証拠もなく、そう信じてみたいような、そんな気分に、わたしは、なってしまった。

 朝になると、わたしは、朝陽のお母さんと、お父さんと、朝陽と、朝ごはんを食べた。
 朝ごはんは、塩むすびとスクランブルエッグだった。
 シンプルだけど、おいしかった。
 わたしは、おそるおそる、朝陽のお母さんに訊ねた。
「今日で、もう帰らなきゃいけないですか?」
 すると、朝陽のお母さんは、ほほ笑んで言った。
「大丈夫! 親は子どもを、いつまでも心配するものだから。 それに、だめだったら、また、うちに来て。一緒に何か、いい方法を、考えましょう!」
 そう言ってもらえて、わたしは、少し安心した。
 すごく怖いけれど、一度、家に帰ってみよう。 
 わたしは、そう決めた。
 ーだめかもしれない。
 何回やっても、どれだけ何をしても、何をしなくても、誤解される時は、誤解されるし、傷付けられる時は、傷付けられる。
 だけど、わたしには、朝陽と朝陽のお母さんが、いる。
 だから、もう少し、がんばってみよう。そう思った。
  
 ポケットに、キッズスマホが入っていることを確かめてから、わたしは、ピンク色の自分の子ども靴をはいて、朝陽の家を出た。
「お邪魔しました」
 見上げると、空は、くもっていた。
 だけど、その灰色は、朝陽の部屋のベッドの羽毛布団のように、やさしい色をしていた。

 勇気を出して、わたしは、歩き始めた。
 この先、自分の道なんて、自分の居場所なんて、どこにもないような、そんな絶望は、消えない。
 だけど、わたしは、朝陽と、朝陽のお母さんのことを、いつまでも、忘れないでいよう。
 見守るような、くもり空の下、わたしは、そう決心した。

 これから、わたしが、生きていけなくなっても、生きていけても、わたしが朝陽と友達だという事実は、残りつづける。





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