かきつばた

2

「はい、それじゃあ。明日も遅刻しないように。さようなら」
ホームルームが終わって椅子を引くガタガタという音と、一気に解放された空気が教室に満ちる。

私は井上くんの席まで行って 「ねぇ、これ何?」
机の上に、あの「怪文書」を広げて見せた。
周りでは友達同士が「カラオケ行く?」「コンビニ寄ろうよ」なんて楽しそうに話しているけれど、私の頭は今、この『カサビアン』と『通天閣』でいっぱいなのだ。

彼は肩をすくめて、カバンのストラップを指先で弄んだ。

「何って……折句。授業でやっただろ?」

「いやそれは分かるけど、中身がカオスすぎて、意味わかんないんだけど」

「あんまり意味はないよ。575は少しは数えたけどな」

彼は悪びれる様子もなく、ふいっと顔を近づけてきた。
廊下へ流れていくクラスメイトたちの足音や笑い声が、なぜか急に遠くなる。

「一番下の名前はヒント。……というか、本題」

「タイオ・クルーズ……?」

「そう。あの曲、サビでなんて歌ってる?」

彼が机をトントン、と叩いた。
そのリズムに合わせるように、彼は囁くような小さな声でメロディをなぞる。
本来なら『自分の人生を謳歌したい』と歌い上げるはずのサビの終わり。
彼はふっと目を細めると、そこだけを甘い響きに変えて口ずさんだ。

「……ユア・バースデー・ガール」

え……。
バースデー?
「明日だろ、お前の誕生日」

不意打ちだった。

顔が火照るのがわかる。
通天閣はダイナマイトされてどこかへ飛んでった。
彼は私の反応を楽しむみたいに、ちょっと首を傾げて言った。

「……お祝いして、えーyo?」

その「えーよ」が、空耳の『Ayo』なのか、それとも許可を求める『いいよ』なのか。
私は真っ赤な顔のまま、ヤケクソ気味に答えた。

「…………えーyo!!」
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