この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!
 そうしているうちに、お湯にさざ波が立った。

 もしかしてドリーも入浴する気になったのかしら? 気が変わったのね。
 それならせっかくだから、ドリーと星空を楽しもう。

 隠れていた岩の陰から姿を現す。

「ド……きゃーーーーーー!!」

 声をかけようとしたが、すぐさま叫び声に変わった。

 イザークが岩に寄りかかる姿で、湯につかっていたからだ。

「なっ……!!」

 イザークも私がいると思わなかったのだろう、私に気づくとギョッとした顔を見せた。のんびりしていたところに私を見つけ、あたふたとしている。

「なんでいるんだ!?」

 顔を真っ赤にして叫ぶ。

「こ、こっちの台詞ですわ!! なんでいらっしゃるの!?」

 恥ずかしくて混乱し、再び岩場に姿を隠した。

 どうしよう、イザークは今日いないと聞いたから、ここに入ったのに。勝手に使ったことがばれたら、怒られるかしら。

「ご、ごめんなさい。勝手に入ってしまって」

 ここは彼専用の場所だというし、さすがに私が悪い。

「……別に。構わない」

 ぶっきらぼうな声がしたが、怒ってはいないようだ。

 先に上がろう。

 いつもより熱いお湯で、もうじゅうぶん温まったし、熱いぐらいだ。

 でも、湯から出るにはイザークの前に姿を現さないといけない……。

 まずは落ち着くのよ。体に巻き付けた布を整え、深く呼吸をした。

「……姿を現してもいいかしら」

 一応確認するのが礼儀だと思った。

「…………ああ」

 躊躇するようなたっぷりの間があったあと、返答が聞こえた。
 岩場の陰からおずおずと姿を現すと一瞬、目が合ったがすぐさまサッと逸らされた。

「今日は野営で泊まりだってお聞きしましたが――」
「ああ、魔物を山の奥深くまで追い込んだから、帰ってきた」

 そうか、てっきり野営だと聞いていたから、油断していたわ。

「そう、帰ってきたならごめんなさい。すぐにいなくなるから、安心して」

 疲れているだろうに、私がいては癒されないだろう。
 そのまま湯から出ようとすると、パッと顔を向けられた。

「ゆ、ゆっくりしていけばいい」
「え……」

 私と目が合ったイザークは口元を手で抑え、再び視線をサッと逸らした。
 顔が赤くなっているが、彼でもこの湯は熱いと感じるのだろうか。

「せっかくきたのだろう」
「でも……邪魔ではないの」
「別に……」

 イザークの返答は素っ気なかった。でも嫌そうな空気は感じられなかった。

 ならば――。

 私はその場で腰を下ろし、肩まで湯につかる。
 本当はもう上がるつもりだったけれど、もう少しだけ……。

「ここは、ロゼールが教えてくれたの。疲れがとれるから、って」

 私は空を見上げた。

「でも来てみてわかったわ。この星空、すごく綺麗。冷たい空気に温かいお湯、素晴らしいわ」

 その時、イザークがフッと微笑んだ。ほんの一瞬だったけど。
 イザークの上半身が裸なので、どうしても視界に入ってしまう。私は視線が定まらず、落ち着かない。
 そわそわしていることに気づかれたのだろう。

「な、なにを見ているんだ」
「み、見ていません!!」

 心なしかイザークの声にも焦りを感じる。
 そりゃ、たくましい胸だなとか、筋肉すごいとか思ってしまったけど。

 イザークの胸はところどころ傷があった。一番大きな傷は右胸から三本、まるで引っ掻かれたような傷だった。

「大きな傷……。いったいどうしましたの?」
「ああ、これは十三の時、魔物の爪で引っ掻かれた時の傷だ」
「まあ……」

 イザークは右手で自身の傷をなぞった。

「油断した。爪に毒を持つ魔物で、三日間、高熱に苦しんだ」
「よくご無事で……」

 私が十三歳の時は、そんな想像すらしたことがない。
 やはり北部の人間から見たら、南部の人間はそんな経験が少ないから、甘く見えるのだろうな。

「北部は危険と隣り合わせなのね……」

 ちょっとしんみりしてしまう。

「でも、立派な勲章ですわ」

 私がのんびり南部で過ごしていた時も、イザークは死と隣り合わせだった。 
 私が口にすると沈黙が落ちた。

「あの――」

 唇をギュッと噛みしめると、思い切って顔をあげる。

「近くで傷口を見せていただけませんか?」
「はっ……!? な、なぜだ」
「見たいの」

 北部であなたが、どんな風に体を張って生きてきたのか。

 イザークは落ち着かないようで、無言で唇を噛みしめた。

 やはり、好きでもない私に見せるのは抵抗があるのだろうな……。

「では、私もお見せしますわ。それならばお互いさまでしょう?」

 イザークは目を丸くしたのち、徐々に首から上が真っ赤になる。

 ……ん?

 私が変なことを言ったと気づいたのは、イザークの反応を見てからだ。

「あ……」

 途端に自分の発言が恥ずかしくなる。私もイザークと同じ、いや、それ以上に顔が真っ赤になる。

 私ったら、勢いに任せてなんてことを……!
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