この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!
「いえ、違うのです! 北部での生き様を感じたくて……」
「お、俺は……見たくないからいい!」

 だがイザークは顔をプイッと横にそらす。

 頑なに拒否されて、ちょっとムキになる。

「なぜですの? 私ばかり見たら、不公平でしょう? それならば隠さずお見せしますわ」

 イザークのように勲章となる傷はない、貧相な胸かもしれないけど!

 顔を上げ、堂々と伝えた。
 イザークはクッと下唇を噛みしめている。だが、私から視線を逸らし続ける。

 そこまで拒否されてしまうと、ちょっと傷つく。まるで無理強いしているみたいじゃない。

「本来なら隠す必要がない関係なのですけどね」

 だが彼の頑なな態度には、思わずクスッと笑ってしまう。

「夫婦なのですから」

 告げた途端、私たちの間に沈黙が落ちる。
 イザークは戸惑っているようだった。

「責めているわけではないのですよ」

 私は静かに想いを告げる。

「あなたが私を受け入れないのは仕方がないこと。いくら王命とはいえ、人の心までは無理がききませんもの」

 自分自身に言い聞かせるように強くうなずいた。

「だけど、最初に申しましたように、こうなった以上は居心地よく過ごすのがお互いのためだと思います」

 だから私は私のやり方でここ、北部をいい方向に変えたいと思っている。

「仮にあなたに恋人がいたとしても――少し我慢してください」

 いくら私という存在を邪魔だと思っていても、王命に従う義務はあるのだから。
 このインペリア国の貴族としての務めだから。

「恋人?」

 その時、恋人という言葉にイザークが反応した。
 ピクリと眉を動かし、顔を上げた。
 意外にもイザークは大きく首を横に振った。

「そんな存在はいない」

 真正面から否定したので驚いた。
 てっきり恋人がいるから私との婚姻関係を拒否するのかと思っていた。

「そう……なのですか」

 歯切れの悪い返答になってしまう。

「じゃあ、好きな人がいらっしゃるとか?」

 まさか片思いしているとか? そんな相手がいるのかしら。
 だがイザークは静かに首を横に振る。
 静かに見ているとイザークはグッと唇を噛みしめたあと、真っすぐに私の顔を見つめた。

「もし、俺が――」

 重大な決意を秘めているような眼差し。
 聞き逃さないよう耳を傾ける。

「あんたと夫婦になれるよう、努力すると言ったら……どうする?」

 どういう心境の変化かしら。初夜で私を拒否してきたのに。
 でも、彼にも思うところがあったのだろう。

 いきなり結婚してしまったのだもの。時間がたって少し冷静になったのかもしれない。

「それは大変喜ばしいことですわ」

 王命に忠実に従おうという心意気ですもの。

「お互い、無理のない範囲で親しくなれたらと思っております」

 共に過ごすのだから、いがみ合うことはなるべく少ない方がいい。できることなら、友人ぐらいになれたらいいと思っていた。

 私とイザークを柔らかな空気が包む。
 少しは歩み寄ろうとする空気が感じられ、私は嬉しくなった。
 顔を少し上げると夜空の星が視界に入る。

「あ、流れ星」

 私は夜空を指さす。

「南部では流れ星を一日に三回見ると、願いが一つ叶うと言われています。北部ではどうですか?」
「北部では星が落ちる前に願いごとを口にすると、叶うと言われている」
「ええっ、もう遅いじゃないですか。流れ星、消えてしまいましたし」

 名残惜しく伝えるとイザークは口の端を上げ、クッと笑う。

「また見ればいいじゃないか。北部ではいつでも見られるさ」
「ここでは星空がすごく綺麗に見えますよね。夜空がこんなに綺麗だと思ったのは、私初めてかもしれません」

 ついはしゃいで声を出すとイザークがじっと見つめている。
 私、はしゃぎすぎてしまったかしら。

 突然、恥ずかしくなり、肩まで湯に浸かった。

 そういえば、果実水を取りに行ったドリーはどうしたのかしら。もう、戻ってきてもいい頃だと思うけれど……。

 結構長い時間、お湯に入っていたので、全身が熱くなってきた。
 もうそろそろ湯船から上がった方がいいかもしれない。

「私、お先に上がりますわ」
「ああ」

 立ち上がろうとした時、フラッとめまいがした。

「危ない!」

 足を滑らせたのと同時に、声が聞こえた。
 気づけば私を支えているのはイザーク。
 表情から察するによほど焦ったのだろう。

「大丈夫か?」
「えっ、ええ」

 私をガッシリとつかんでいるので、直接肌が触れ合う。
 筋肉質の硬い体、その腕の中にすっぽりと納まっている自分。

 イザークが顔をグイグイとのぞき込んでくるものだから、サッと視線を逸らす。

「ご、ごめんなさい、離しても大丈夫だから」
「そんな赤い顔をしてなにを言っている」

 肩をつかまれた腕にグッと力が入った。

「いえ、大丈夫です」

 なんとか離れようと彼の胸を押すが、びくともしない。

「ここの温度は熱めなんだ。無理するな」

 そう全身が熱くなっているのはお湯のせいだけじゃないはずだ。
 直接触れ合っている部分が熱を持ち、全身に回っている。

 それに加えて心臓がドクドクと音を出し、めまいがする。倦怠感があって力が入らない。

 急に頭がクラクラする。

 私を心配して顔をのぞきこむイザークの背後に満天の星空が見えた時、フッと意識が途切れた。
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