この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!
「大丈夫か」

 やがてイザークの声がかかったので、ゆっくりと顔を上げた。

 視界に入ってきたのはどこまでも広がる大草原。美しい丘陵地帯が続いている。

「わぁ、素敵」

 思わず感嘆の声が漏れてしまった。

「もう少し走るぞ」

 イザークはさらに馬を進めた。小高い丘を越え、グングンと進んでいく。

 やがて一本の大木の傍で馬を止めた。
 そこでイザークは馬から下りた。私に手を差し出し、下りるのを手伝ってくれる。

「ここは見晴らしの丘だ。街がよく見える」

 イザークの言った通り、ウォルクの街を一望できた。

 さっきまで自分がいた場所がこうやって見下ろせるだなんて、不思議な気持ちになる。

「雪で閉ざされる前にここに連れて来たかったんだ」

 イザークははにかんだように口にする。

 本当に? 最初は私のことを認めていない風だった。すぐにでも南部に追い返したい、そんな口調だった。だけど、今では雪が降る前に見せたいだなんて、私がここにいてもいいのかしら。

 私はゴクリと喉を鳴らす。
 今なら、彼に本音で話してもいいかもしれない。

 覚悟を決め、イザークと向き合う。

「お話があります」
「――どうした」

 私の真剣な表情を見てイザークは察したのか、頬がピクリと震えた。

 今の彼なら聞いてくれるはずよ。

「私が南部の秘宝と呼ばれていたのを、ご存じですか?」
「ああ。とても美しいからだろう」
「違います」

 私はフルフルと首を横に振った。

「私が南部の秘宝と呼ばれている本当の意味は、ごく一部と家族にしか知られていません。それは私が『癒しの力』を持っているからです」
「……あんたが?」
「ええ」

 静かな問いかけに、ゆっくりと首を縦に振る。

「南部のセバスティア家が隠していた力です。セバスティア家では時折、魔力の強い子が生まれるのです。ですが、悪しき者に利用される場合もあるので、この件を知るのはごく一部のみ。我が家で、この力を持っているのは私だけです」

 イザークは瞬きを繰り返している。

「それとも信じられませんか?」

 実際に力を見せていないので、疑われても仕方ないと思えた。

「いや、信じる」

 イザークははっきりと、力強い口調で私の目を見つめた。
 正直、実際に力を見せたわけじゃないので、信じてもらえるとは思っていなかった。だから驚いた。

「それで、この話をどうして急に?」
「別に急ではありません。初夜で言おうとしたのですが――」

 そう、最初に私は言うつもりだった。だが、話を拒否したのはそっちだ。
 イザークは自分の態度を思い出したのか、少しバツが悪そうな顔を見せた。

「知っておいてほしかったのです」
「そうか」

 この人は、私の力を利用したいとか思うのだろうか。それとも半信半疑か。

 私は拳をギュッと握ると、本題に入る。

「私を――北部のネザークロウの洞窟に連れて行ってください」

 それこそが、私が秘密裏に託された王命の一つだった。

 ネザークロウの洞窟とは北部の山奥にある、閉ざされた洞窟だ。魔物が出現するし瘴気が漂い、一般人はあまり近寄れない。

 だがそこでは貴重な結晶が採れることで有名だ。

「――ダメだ」

 案の定、イザークはすごく険しい顔で即答した。

「なぜですか? 私には癒しの力があると言ったはずです。少しなら他の魔力も――」
「ダメに決まっている。あそこの魔物は性質の悪いのが多い。危険極まりない」
「ですが、結晶はとても貴重なもので北部の財源になりうるはず」
「ダメだと言っている!!」 

 イザークが声を荒らげた。

 真剣な勢いにハッと息をのむ。

「あんたはあの洞窟の怖さを知っちゃいない。騎士団が万全の態勢で洞窟に向かっても、せいぜい二、三個の結晶を持ち帰ることしかできない。犠牲者が出ないとは、言い切れないんだ」

 やはり簡単に「はい、そうですか」とはならないだろうと踏んでいたが、予想は当たった。

「そうですか……」

 イザークは私を心配しての発言だろう。私は握りしめた手にギュッと力を込めた。

「でも私はあきらめません」

 宣言する私にイザークは目を見張る。

 だってネザークロウの洞窟に行くことこそ、あなたの望みが叶えられるはずよ。

 イザークは口をギュッと結び、納得のいかない表情を浮かべている。

 でも、いいわ。こうなったら根競べになる。
 
 私が覚悟を決めた瞬間だった。
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