キャラメリゼ ワンルーム
 
 
 
 
 
「お母さーん、来たよー」

千葉の実家まで、電車とバスを乗り継いで一時間二十分ほど。
玄関のドアを開けると、リビングからテレビを見ている祖母の大笑いしている声が聞こえてきた。

「ふ、おばあちゃん相変わらずだね」
「もー…ただいまー!」

背後から怜が玄関を覗き込みながら、くすりと笑った。
楓が大声で叫びながら家に入ると、パタパタとスリッパの音が近づいてきた。

「楓!怜ちゃん!おかえりー!」
「こんにちは」
「ただいま。おばあちゃんすっごい笑ってるの、なに?」
「ああ、最近ハマってるお笑い芸人さんのライブをYouTubeで見てるの」
「ミーハーだなぁ」

怜がくつくつと笑っているのを背後で感じる。
リビングから「おかえりー!」と祖母の元気な声が聞こえ、楓は再度「ただいまー!」と大声で返す。

「さ、上がってー!おじいちゃんがちらし寿司作ってるから」
「うん、怜ちゃん楽しみすぎて朝ごはん抜いてるからね」
「バラすなよ」

背後から軽く背中を突かれて、楓は笑いながらリビングへ向かった。
リビングに入ると祖母の春子《はるこ》がソファでテレビを見ていて、キッチンでは祖父の芳男《よしお》が何やら作業している最中だった。

「おじいちゃんおばあちゃん久しぶりー」
「楓ちゃん、怜ちゃん待ってたの!おかえりー!見てこれ、おばあちゃんの今一押しのジャンボたかおさん」
「なにそのチョイス…」
「楓、怜ちゃんいらっしゃい」
「お邪魔します、すいませんお盆に僕まで呼んでいただいて」

芳男の言葉に怜がぺこりと会釈をした。玄関で怜が持ってくれていた楓の荷物をソファの脇に下ろし、紙袋から朝イチにデパートに寄って買ってきた手土産を芳男の元に渡す。

「これ、芳男さんに」
「おっ、出汁セットかー!怜ちゃん分かってるな」
「はい、銀座限定の物なので、良かったら使ってください」
「銀座はな、俺が昔修行してた店があってな、そこで働いてたばあちゃんが可愛くてな…」
「おじいちゃんもういいって、おばあちゃんに一目惚れした話は何回も聞いたよ」

芳男がにやりとした顔で笑い、嬉しそうに包みを開け出した。
手土産がいると言う怜に付き合い、朝から百貨店に寄ってそれぞれに買っていたものを怜がそれぞれ手渡しする様子を、楓は黙って見ていた。

「相変わらず仕事できるね、怜ちゃんは」
「おばあちゃんには最近話題になってるフルーツ大福だって」

祖母に綺麗な包み紙の箱を渡す怜を見ながら、隣にいた母が楓にぼそりと言った。

「これ、千夏さんには紅茶セットです。まだ趣味のお菓子作りされてると聞いたので、一緒に飲まれるかなと」
「わざわざいいのに、ありがとうね。次は手ぶらで来てね」

祖母に渡し終わった怜が、次は母の元に来て最後の箱を渡していた。
嬉しそうな母を見て、自分よりも家族のことを分かっていそうな怜が、少しだけ悔しくて嬉しく感じる。

奥のソファで、祖母が早速フルーツ大福を食べようとして、昼が入らなくなると祖父に止められていた。
相変わらずの賑やかさに、楓は懐かしくなって笑みが溢れた。







「あー、お腹いっぱいです」

昼食後、怜がリビングのソファにぐたりともたれながら言った。
「美味しかったでしょう」と得意気な祖母に、「おばあちゃんはテレビ見てただけでしょ」と楓が返した。

元、板前の祖父が作るご飯はいつも美味しい。
作るほうが好きな祖父の影響でいつも多くのおかずが並ぶ食卓で、料理が苦手な祖母がまるで自分が作ったかのように得意気にそれを勧める。

賄い目当てで働いていた祖母に一目惚れをして猛アタックの末に結婚まで漕ぎ着けたというエピソードを何回も嬉しそうに話す優しい祖父と、多趣味で自由人なニコニコした祖母、お菓子やパン作りが趣味で明るい母。

本当の父は、楓が三歳の時に交通事故で亡くなった。
それでもこの明るい家族のおかげで、寂しさを感じることなく育ててもらった。

「怜ちゃん、夜も食べていってね」
「え、でも…」
「もうそのつもりで、おじいちゃん材料買ってきてたの。すき焼きだって」
「夏なのに?怜ちゃん来るからってすごい豪華じゃん…」

楓を挟んで祖母と怜と三人並んでソファでくつろぐ。
いつものように祖父が片付けをして、それを母が手伝っている。
怜も楓も手伝おうとしたが、「お客さんなんだからゆっくりしてていい」と断られ、甘えることにした。

「ご迷惑じゃないですか」
「むしろ泊まって、明日はすき焼きの残りですき焼きカレーするから」
「え、美味そう。なんですか、すき焼きカレーって」
「泊まっ、怜ちゃんは明日仕事だしっ」

楓が焦ってそう言うと、祖母は最初から予定していたかのように不思議そうな顔で楓を見た。

「お盆なのに?サボっちゃえ」
「おばあちゃんっ」
「はは、カレンダー通りなんです。暇なんですけどね」
「じゃあいいじゃない?すき焼きのお出汁で作るカレーは美味しいわよぉ、和牛よ和牛」
「美味そう…」
「怜ちゃん惑わされてるっ」

楓がそう言うと、キッチンから「お布団干しておいたよー」と母からの声が飛んでくる。「部屋も余ってるよ」と祖父からも援護射撃かのように言われ、楓は怜の顔色を伺う。

「怜ちゃん、無理しなくていいよ」
「いいんですか、甘えちゃっても」

怜は楓に目線を合わせた後、にこやかに祖母に向かってそう言った。
念のためにパソコンも持ってきていた怜のことなので、仕事はなんとでもなるのだろう。
日帰りのつもりで来ていた楓だけが動揺していて、戸惑っている。

「もちろん、ゆっくりしていってねぇ」
「ありがとうございます、じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

そう言った怜に、キッチンの方から「怜ちゃん、楓の部屋でゆっくりしてきてー!あとでケーキ食べようね」と母の声が再び飛んできた。

「えっ、私の部屋!?」
「ケーキもあるんですか」
「昨日お母さんが掃除してたみたいよ。ケーキも手作り」

祖母がウインクをしながらそう言った。
部屋がぐちゃぐちゃだからだめ、と言う前に言い訳を封じられてしまい、楓は祖母をじとりと睨む。
なに一つ意思が通じていなさそうな祖母がにこりと笑い、怜が立ち上がったので楓も仕方なく立ち上がって、リビングを後にする。




「いいの?俺が入って」

二階への階段を上がる楓の後ろで、怜が声をかけた。
リビングにいる時は声が少しだけ高くて、よそ行きだなと感じていた楓は、いつも通りの声色に少しだけ安心する。

「いいよ、前も来たでしょ」
「大学生の頃な」

母と怜の父が再婚するとなった時に、何回か怜と怜の父がこの家に来ていた。
大人の話がリビングでされている間、怜はこの部屋で学校の課題を教えてくれたり、ゲームをしたりしていた。

「どうぞ」
「お邪魔しまーす」

部屋のドアを開けると、つい一ヶ月半前までは住んでいたのに、懐かしい匂いがした。本棚の紙と、微かな柔軟剤の残り香。後ろから怜がついて入ってきた。

あ、
どうしよう、課題なんて、もうない。
ゲームも持ってきていない。

怜が扉を閉めると、リビングの笑い声やテレビの音が、分厚い膜を一枚通したようにこもり、急激に遠ざかった。
先ほどまでの賑やかさが嘘のように消え去り、部屋の中の空気が、まるで別の場所に切り替わったかのようだった。

怜が、部屋の中を見渡した。短い息が、少しだけ漏れた。

窓から差し込む午後の光が、部屋の隅に溜まっていた埃の粒子を白く浮かび上がらせ、ゆっくりと空中で踊らせていた。 
 
 
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