ワンナイト限りの割り切り関係に「もう一度」は無粋です! ~正反対な私たちは今日も意見が合いません~
 朝礼後、各デスクを回って挨拶をしていた彼がついに私の席の前で足を止めた。名札に刻まれた『氷川 小春』という文字。彼はそれをじっと見つめ、それから悪戯が成功した子どものような眩しい笑顔を浮かべた。

「氷川…小春さん、ですか」
「……はい。はじめまして、よろしくお願いします」

 私は極力無機質な声を出し、目も合わせずに頭を下げた。ついでに『はじめまして』と挟んでおいた。そうですよね。はじめまして、ですもんね。会ったことないですもんね!!!
 そんなことを胸中で無駄に論じる私を見下ろしながら、彼がわざとらしく声を弾ませた。

「ご縁、ありましたね」

 その一言に、背筋が凍った。周囲の社員たちが「え、知り合い?」という好奇の視線を向けてくるのが分かる。居心地の悪さに耐えきれず、私は周囲に聞こえない程度の小声で反論した。

「…何のことです。人違いではありませんか?」
「しらばっくれても逃がしませんよ。あの日のことを忘れたなんて言わせません」

 平然と普通の声量で言い放つ彼。余計に周囲からの視線が突き刺さって仕方ない私は、サーッと血の気が引くのを感じた。

「しーっ!声が大きいです!」
 
 慌てて人差し指を唇に当て、彼を制する。しかし、風間さんは楽しそうに目を細めた。
 
「ご本人でないなら、そんなに慌てず堂々となさればいいのに」

 なんて言葉と共に、見覚えのありすぎる笑みでお淑やかに笑われる。
 完全に彼のペースだ。逃げ場を失った私は周囲の目を気にしながら、絞り出すように認めるしかなかった。

「……場所を考えてください。ここは会社です」
「ふふっ。では、詳しいお話は昼食の時にでも」

 彼はそう言い残し、颯爽と次のデスクへと移動していった。残された私は、最悪な予感に震えるしかなかった。
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