王子の隣は問題児
問題児、王子の仮面をひっぺがす
聖クラウン学園には、年に一度の一大行事がある。
──春季球技大会。
由緒正しき名門校らしく、「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」を掲げ、クラス対抗でバスケ、サッカー、バレー、ドッジボールなどに挑む、青春と伝統と女子の黄色い声が大渋滞する祭典である。
そして今年。
二年A組は朝からざわついていた。
「天城様がキャプテンなら、優勝確定では?」
「如月くんも運動神経よさそう!」
「イケメン二人が同じチームって、何そのご褒美」
だが、当の本人たちは、
「如月」
「んー?」
「なぜ、ゼッケンを頭に巻いているんですか」
「やる気、見せつけてんの」
「外してください」
「えー」
通常運転だった。
天城は名簿を確認しながら、深く息を吐いた。
「本日はクラスの名誉がかかっています。いいですか、如月」
「はい、先生」
「自由行動禁止」
「はい」
「勝手な判断禁止」
「はい」
「目立とうとしない」
「はい」
「本当に理解していますか?」
「たぶん」
「…………」
第一種目、男子バスケットボール。
試合開始。
開始三十秒。
「如月、どこですか?」
いた。
なぜか、相手チームの応援席に。
「試合中です!」
「いや、ボール飛んできたから避けたら」
「……避けすぎです」
しかし、コートに戻った次の瞬間。
如月が、跳んだ。
高い。
異様に高い。
相手のパスを空中で奪い、そのままゴール。
「……え」
「うそ」
「かっこよ……」
体育館が揺れた。
本人は着地して一言。
「入った」
「最初から真面目に!」
その後も、普段のやる気のなさが嘘のように、如月は身体能力だけで無双した。
パスは雑。
作戦無視。
だが、なぜか勝つ。
「天城ー! 取ってー!」
「指示が雑!」
結果、二年A組勝利。
女子大歓声。
「如月くんすごい!」
「天城様との連携尊い!」
「夫婦!?」
「違います!」
昼休み。
天城は校舎裏でスポーツドリンクを飲みながら、珍しく少しだけ疲れた顔をしていた。
「はい」
頬に冷たいものが当たる。
缶ジュース。
如月だった。
「糖分」
「……どうも」
「疲れてる顔」
「あなたのせいです」
「知ってる」
悪びれない。
だが今日は、そのまま如月も隣に座った。
「天城ってさ」
「なんですか」
「ずっと頑張ってるよね」
「……」
「生徒会長で、成績よくて、運動もできて、いつもちゃんとしてる」
「それが私です」
「ほんとに?」
風が吹いた。
グラウンドから歓声が遠く聞こえる。
「……どういう意味ですか」
「いや」
如月は空を見上げたまま言った。
「それしかダメって思ってる顔、する時ある」
「……あなたに」
「うん?」
「何がわかるんですか」
「わかるよ」
その返事が、思ったより静かだった。
「前の学校で、ずっと言われてた」
如月は笑った。でも、その笑い方はいつもより少しだけ薄かった。
「期待してるよ、如月くん。君ならできる。王子みたいだね。すごいね。完璧だね」
そこで、彼は肩をすくめた。
「でもさ」
笑って続けた。
「朝起きられないし、忘れ物するし、期待に応えられなかった」
「……」
「だから、最初から頑張らないほうが、楽」
その言葉は、驚くほどまっすぐだった。
「それは、逃げです」
「うん」
「開き直ってますか」
「うん」
あまりに素直で、天城は逆に言葉を失った。
「でも」
如月は、天城を見る。
「天城見てると、ちょっと思う」
「なにを」
「そんな頑張れるの、すごいなって」
天城は黙った。
完璧。
王子。
生徒会長。
ずっと、そうあるべきだったし、そのように褒められてきた。
でも、「頑張ってる」と言われたことは、あまりなかった気がした。
「……私は」
ぽつりとこぼす。
「失敗できない」
「へえ」
「期待されるから」
「うん」
「崩れたら、がっかりされるから」
如月は、少しだけ目を丸くした。
「天城ってさ」
「なんですか」
「思ってたより重い」
「これでいいと思ってますから」
如月は、なぜか少し笑って言った。
「じゃあさ、たまにはサボれば?」
「は?」
「午後のドッジボールとか」
「却下です」
「即答だなー」
「私は生徒会長ですから」
「かたーい」
「あなたが柔らかすぎるんです」
そして午後。
男子ドッジボール決勝。
開始一分。
「天城ー!」
「なんですか!」
「ボール、全部そっち行ってる」
「なぜですか」
「たぶん、司令塔っぽいから」
集中砲火。
「ぐわっ!」
聖クラウン学園始まって以来、白銀の王子、顔面直撃。
「天城様ぁぁぁ!」
女子絶叫。
会場騒然。
鼻を押さえながら膝をつく天城。
「……天城?」
如月の空気が変わった。
「それ、だめだろ」
次の瞬間。
如月ハル、覚醒。
観衆、騒然。
「え」
「速」
「何あれ」
避ける、取る、投げる。
すべてを迅速にこなす。
そして、笑っていない。
「はい終了」
一人で相手をぜんぶやっつけた。
静寂。
女子、悲鳴。
男子、戦慄。
天城、呆然。
「……なんなんですか」
「いや」
如月はいつもの調子に戻って、手を差し出した。
「俺の相棒、顔が売りなんだから守んないと」
「……」
その瞬間。
その瞬間。天城恒一は、自分の心臓が一拍だけ、妙な音を立てたことに気づいた。 不整脈ではない、と思う。 感謝、でもない気がする。 ただ、差し出された手が、思ったより温かかった。
「……如月」
「ん?」
「その言い方は誤解を招きます」
「だめ?」
「だめです」
その日、聖クラウン学園非公式掲示板に、新たな伝説が刻まれた。
【速報】白銀の王子、問題児に守られる
【追記】しかも「相棒」発言
天城はまだ知らない。
明日から、女子たちの妄想力がさらに加速することを。
──春季球技大会。
由緒正しき名門校らしく、「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」を掲げ、クラス対抗でバスケ、サッカー、バレー、ドッジボールなどに挑む、青春と伝統と女子の黄色い声が大渋滞する祭典である。
そして今年。
二年A組は朝からざわついていた。
「天城様がキャプテンなら、優勝確定では?」
「如月くんも運動神経よさそう!」
「イケメン二人が同じチームって、何そのご褒美」
だが、当の本人たちは、
「如月」
「んー?」
「なぜ、ゼッケンを頭に巻いているんですか」
「やる気、見せつけてんの」
「外してください」
「えー」
通常運転だった。
天城は名簿を確認しながら、深く息を吐いた。
「本日はクラスの名誉がかかっています。いいですか、如月」
「はい、先生」
「自由行動禁止」
「はい」
「勝手な判断禁止」
「はい」
「目立とうとしない」
「はい」
「本当に理解していますか?」
「たぶん」
「…………」
第一種目、男子バスケットボール。
試合開始。
開始三十秒。
「如月、どこですか?」
いた。
なぜか、相手チームの応援席に。
「試合中です!」
「いや、ボール飛んできたから避けたら」
「……避けすぎです」
しかし、コートに戻った次の瞬間。
如月が、跳んだ。
高い。
異様に高い。
相手のパスを空中で奪い、そのままゴール。
「……え」
「うそ」
「かっこよ……」
体育館が揺れた。
本人は着地して一言。
「入った」
「最初から真面目に!」
その後も、普段のやる気のなさが嘘のように、如月は身体能力だけで無双した。
パスは雑。
作戦無視。
だが、なぜか勝つ。
「天城ー! 取ってー!」
「指示が雑!」
結果、二年A組勝利。
女子大歓声。
「如月くんすごい!」
「天城様との連携尊い!」
「夫婦!?」
「違います!」
昼休み。
天城は校舎裏でスポーツドリンクを飲みながら、珍しく少しだけ疲れた顔をしていた。
「はい」
頬に冷たいものが当たる。
缶ジュース。
如月だった。
「糖分」
「……どうも」
「疲れてる顔」
「あなたのせいです」
「知ってる」
悪びれない。
だが今日は、そのまま如月も隣に座った。
「天城ってさ」
「なんですか」
「ずっと頑張ってるよね」
「……」
「生徒会長で、成績よくて、運動もできて、いつもちゃんとしてる」
「それが私です」
「ほんとに?」
風が吹いた。
グラウンドから歓声が遠く聞こえる。
「……どういう意味ですか」
「いや」
如月は空を見上げたまま言った。
「それしかダメって思ってる顔、する時ある」
「……あなたに」
「うん?」
「何がわかるんですか」
「わかるよ」
その返事が、思ったより静かだった。
「前の学校で、ずっと言われてた」
如月は笑った。でも、その笑い方はいつもより少しだけ薄かった。
「期待してるよ、如月くん。君ならできる。王子みたいだね。すごいね。完璧だね」
そこで、彼は肩をすくめた。
「でもさ」
笑って続けた。
「朝起きられないし、忘れ物するし、期待に応えられなかった」
「……」
「だから、最初から頑張らないほうが、楽」
その言葉は、驚くほどまっすぐだった。
「それは、逃げです」
「うん」
「開き直ってますか」
「うん」
あまりに素直で、天城は逆に言葉を失った。
「でも」
如月は、天城を見る。
「天城見てると、ちょっと思う」
「なにを」
「そんな頑張れるの、すごいなって」
天城は黙った。
完璧。
王子。
生徒会長。
ずっと、そうあるべきだったし、そのように褒められてきた。
でも、「頑張ってる」と言われたことは、あまりなかった気がした。
「……私は」
ぽつりとこぼす。
「失敗できない」
「へえ」
「期待されるから」
「うん」
「崩れたら、がっかりされるから」
如月は、少しだけ目を丸くした。
「天城ってさ」
「なんですか」
「思ってたより重い」
「これでいいと思ってますから」
如月は、なぜか少し笑って言った。
「じゃあさ、たまにはサボれば?」
「は?」
「午後のドッジボールとか」
「却下です」
「即答だなー」
「私は生徒会長ですから」
「かたーい」
「あなたが柔らかすぎるんです」
そして午後。
男子ドッジボール決勝。
開始一分。
「天城ー!」
「なんですか!」
「ボール、全部そっち行ってる」
「なぜですか」
「たぶん、司令塔っぽいから」
集中砲火。
「ぐわっ!」
聖クラウン学園始まって以来、白銀の王子、顔面直撃。
「天城様ぁぁぁ!」
女子絶叫。
会場騒然。
鼻を押さえながら膝をつく天城。
「……天城?」
如月の空気が変わった。
「それ、だめだろ」
次の瞬間。
如月ハル、覚醒。
観衆、騒然。
「え」
「速」
「何あれ」
避ける、取る、投げる。
すべてを迅速にこなす。
そして、笑っていない。
「はい終了」
一人で相手をぜんぶやっつけた。
静寂。
女子、悲鳴。
男子、戦慄。
天城、呆然。
「……なんなんですか」
「いや」
如月はいつもの調子に戻って、手を差し出した。
「俺の相棒、顔が売りなんだから守んないと」
「……」
その瞬間。
その瞬間。天城恒一は、自分の心臓が一拍だけ、妙な音を立てたことに気づいた。 不整脈ではない、と思う。 感謝、でもない気がする。 ただ、差し出された手が、思ったより温かかった。
「……如月」
「ん?」
「その言い方は誤解を招きます」
「だめ?」
「だめです」
その日、聖クラウン学園非公式掲示板に、新たな伝説が刻まれた。
【速報】白銀の王子、問題児に守られる
【追記】しかも「相棒」発言
天城はまだ知らない。
明日から、女子たちの妄想力がさらに加速することを。