王子の隣は問題児
問題児、台本をなくす。
聖クラウン学園には、球技大会を超える行事が存在する。
──聖クラウン祭。
創立以来続く伝統の文化祭であり、その目玉は、二年生による舞台劇。
演目は今年も例年通り、由緒と格式が過剰な伝統演目。
『白薔薇の王子』
気高き王子が困難を乗り越え、国と姫を救う恋愛劇である。
そして、当然のように……
「主演、白薔薇の王子役は、天城恒一くん!」
拍手喝采。
女子、半数失神寸前。
「やっぱり!」
「王子役って、そのまんまじゃん!」
「もはや、劇じゃなくて現実」
天城は静かに一礼した。
「責任をもって務めます」
完璧だった……三十秒後までは。
「なお、黒薔薇の騎士役は」
担任が言った。
「如月ハルくんです」
教室、一瞬の静寂。
「…………え?」
天城は、この世の終わりみたいな顔になった。
「先生」
「なんですか」
「その配役、正気ですか」
「はい。二人とも顔がいいから」
「先生、それでいいんですか!」
如月本人はというと、
「黒薔薇って悪そうでいいね」
「軽い!」
こうして、聖クラウン祭史上もっとも不安な舞台劇が始動した。
初日、台本読み合わせ。
「では、如月くん。十三ページ、黒薔薇の騎士の登場シーンを」
「はい」
如月、立つ。
「…………」
「如月?」
「台本、どっかいった」
「今日、練習初日ですよ!」
「朝は、あった」
「今は?」
「どっかにある」
「探しなさい!」
結局、台本は鞄の底から見つかった。
なぜか、パンが挟まっていた。
「なんでパンが?」
「しおり代わりに」
「…………」
二日目、立ち稽古。
「如月くん、ここで登場して、天城くんに剣を向けて」
「了解」
幕が開く。
如月、勢いよく登場。
足元のマントを踏む。
転ぶ。
剣が飛ぶ。
大道具の城壁に刺さる。
「危なぁぁぁい!」
美術部、絶叫。
三日目、ダンスシーンの練習。
「如月」
「はい先生」
「ステップが逆です」
「なるほど」
「音楽に合わせてください」
「感覚派なんで」
「その派閥から抜けてください」
結果、天城が如月に直々の個人指導開始。
「右」
「右?」
「あなたの右です!」
「右ってどっちだっけ? ちょっと自信ない」
放課後、誰もいなくなった講堂で、完璧王子が残念イケメンに社交ダンスを教える光景。
偶然見た女子生徒、その場で尊死。
「これ、なに?」
「少女漫画の実写化?」
「無料で見ていいの?」
だが、如月は珍しく、投げ出さなかった。
台本は三回なくした。
剣は二回落とした。
マントで四回転んだ。
でも、毎日、最後まで残って練習した。
「如月」
「ん?」
「なぜ、そこまで」
「え?」
「あなたなら、もっと適当にやり過ごすと思っていました」
講堂の窓から、夕陽が差していた。
如月は少しだけ首をかしげる。
「だって」
「?」
「お前、この劇、超大事にしてるじゃん」
天城は黙った。
「生徒会長とか王子とか、そういうの抜きにしても」
如月は笑う。
「天城が本気だから、隣くらいちゃんと立ちたい」
その言葉は、あまりにまっすぐだった。
天城は、一瞬だけ返事を忘れた。
「……如月」
「はい」
「台本は?」
「……忘れてきた」
「さっきの言葉が台無しだ」
聖クラウン祭の前日。
事件発生。
ヒロイン役の女子生徒、階段で足を捻挫。
「明日の本番には出れません」
大混乱。
「代役を!」
「今から?」
すると、担任は静かに言った。
「如月くん」
「え?」
「姫役でも、いけそうですね」
「なんで!?」
教室騒然。
「確かに!」
「いやでも身長高すぎ!」
「見たい!」
「尊すぎる!」
なぜか天城が最速で立ち上がった。
「如月は黒薔薇の騎士です!」
「天城くん、どうしましたか?」
「それ以上でも以下でもありません」
教室、一瞬だけ静まる。
如月は、ぽかんとしてから、ふっと笑った。
「……そっか」
「なんですか」
「ありがと、王子」
結局、姫役は別クラスから代役が決まった。
だがその夜。
天城は自室で、ひとり台本を読みながら、不意に思い出した。
──隣くらい、ちゃんと立ちたい。
その言葉を、ひとり噛み締めていた。
聖クラウン祭当日を迎えた。
開演十分前の舞台袖。
天城は完璧な王子衣装に身を纏う。
白の礼装、銀刺繍、白薔薇の徽章。
対する如月は、黒衣装、長マント、黒薔薇の騎士……ただし。
「如月」
「ん?」
「黒手袋が片方、ないですよ」
「なくした」
「あと五分前で本番ですよ!」
その時。
如月は、天城の手を軽く取った。
「大丈夫。なんとかなるって」
その笑顔は、いつものへらへらじゃなくて、不思議なくらい、頼もしく見えた。
しかし、なんとかなるとは思えなかった。
開演ベルが鳴る。
幕が上がる。
聖クラウン学園、最大の舞台。
白銀の王子と、黄金の問題児。
その本番が、ついに始まった。
──聖クラウン祭。
創立以来続く伝統の文化祭であり、その目玉は、二年生による舞台劇。
演目は今年も例年通り、由緒と格式が過剰な伝統演目。
『白薔薇の王子』
気高き王子が困難を乗り越え、国と姫を救う恋愛劇である。
そして、当然のように……
「主演、白薔薇の王子役は、天城恒一くん!」
拍手喝采。
女子、半数失神寸前。
「やっぱり!」
「王子役って、そのまんまじゃん!」
「もはや、劇じゃなくて現実」
天城は静かに一礼した。
「責任をもって務めます」
完璧だった……三十秒後までは。
「なお、黒薔薇の騎士役は」
担任が言った。
「如月ハルくんです」
教室、一瞬の静寂。
「…………え?」
天城は、この世の終わりみたいな顔になった。
「先生」
「なんですか」
「その配役、正気ですか」
「はい。二人とも顔がいいから」
「先生、それでいいんですか!」
如月本人はというと、
「黒薔薇って悪そうでいいね」
「軽い!」
こうして、聖クラウン祭史上もっとも不安な舞台劇が始動した。
初日、台本読み合わせ。
「では、如月くん。十三ページ、黒薔薇の騎士の登場シーンを」
「はい」
如月、立つ。
「…………」
「如月?」
「台本、どっかいった」
「今日、練習初日ですよ!」
「朝は、あった」
「今は?」
「どっかにある」
「探しなさい!」
結局、台本は鞄の底から見つかった。
なぜか、パンが挟まっていた。
「なんでパンが?」
「しおり代わりに」
「…………」
二日目、立ち稽古。
「如月くん、ここで登場して、天城くんに剣を向けて」
「了解」
幕が開く。
如月、勢いよく登場。
足元のマントを踏む。
転ぶ。
剣が飛ぶ。
大道具の城壁に刺さる。
「危なぁぁぁい!」
美術部、絶叫。
三日目、ダンスシーンの練習。
「如月」
「はい先生」
「ステップが逆です」
「なるほど」
「音楽に合わせてください」
「感覚派なんで」
「その派閥から抜けてください」
結果、天城が如月に直々の個人指導開始。
「右」
「右?」
「あなたの右です!」
「右ってどっちだっけ? ちょっと自信ない」
放課後、誰もいなくなった講堂で、完璧王子が残念イケメンに社交ダンスを教える光景。
偶然見た女子生徒、その場で尊死。
「これ、なに?」
「少女漫画の実写化?」
「無料で見ていいの?」
だが、如月は珍しく、投げ出さなかった。
台本は三回なくした。
剣は二回落とした。
マントで四回転んだ。
でも、毎日、最後まで残って練習した。
「如月」
「ん?」
「なぜ、そこまで」
「え?」
「あなたなら、もっと適当にやり過ごすと思っていました」
講堂の窓から、夕陽が差していた。
如月は少しだけ首をかしげる。
「だって」
「?」
「お前、この劇、超大事にしてるじゃん」
天城は黙った。
「生徒会長とか王子とか、そういうの抜きにしても」
如月は笑う。
「天城が本気だから、隣くらいちゃんと立ちたい」
その言葉は、あまりにまっすぐだった。
天城は、一瞬だけ返事を忘れた。
「……如月」
「はい」
「台本は?」
「……忘れてきた」
「さっきの言葉が台無しだ」
聖クラウン祭の前日。
事件発生。
ヒロイン役の女子生徒、階段で足を捻挫。
「明日の本番には出れません」
大混乱。
「代役を!」
「今から?」
すると、担任は静かに言った。
「如月くん」
「え?」
「姫役でも、いけそうですね」
「なんで!?」
教室騒然。
「確かに!」
「いやでも身長高すぎ!」
「見たい!」
「尊すぎる!」
なぜか天城が最速で立ち上がった。
「如月は黒薔薇の騎士です!」
「天城くん、どうしましたか?」
「それ以上でも以下でもありません」
教室、一瞬だけ静まる。
如月は、ぽかんとしてから、ふっと笑った。
「……そっか」
「なんですか」
「ありがと、王子」
結局、姫役は別クラスから代役が決まった。
だがその夜。
天城は自室で、ひとり台本を読みながら、不意に思い出した。
──隣くらい、ちゃんと立ちたい。
その言葉を、ひとり噛み締めていた。
聖クラウン祭当日を迎えた。
開演十分前の舞台袖。
天城は完璧な王子衣装に身を纏う。
白の礼装、銀刺繍、白薔薇の徽章。
対する如月は、黒衣装、長マント、黒薔薇の騎士……ただし。
「如月」
「ん?」
「黒手袋が片方、ないですよ」
「なくした」
「あと五分前で本番ですよ!」
その時。
如月は、天城の手を軽く取った。
「大丈夫。なんとかなるって」
その笑顔は、いつものへらへらじゃなくて、不思議なくらい、頼もしく見えた。
しかし、なんとかなるとは思えなかった。
開演ベルが鳴る。
幕が上がる。
聖クラウン学園、最大の舞台。
白銀の王子と、黄金の問題児。
その本番が、ついに始まった。