追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す
 改札を出ても岡田駿(おかだしゅん)と会ったことが、頭から離れず、恐怖に震えた。藍は無我夢中に早足で家に向かった。誰にもつけられていないか辺りを気にしていた。

家に帰ると鍵を開け、飛び込むように玄関に入った。素早く鍵を閉めると、その場にしゃがみ込んだ。力が出ないようで、暫く座ったままだった。

旭は玄関から物音がしたので、藍が帰ってきたのだと思った。その後の気配がない。玄関に様子を見に行くと藍がうずくまっていた。

「藍どうした?」
「旭」

旭に抱きついた。ただ怯えて、子供のように縋り付いた。優しく包み込むように抱く旭は、藍が落ち着くまで何も聞かない。抱きしめるだけだった。

藍はゆっくり顔上げ、ようやく話し始めた。

「駿(しゅん)がいたの。電車の中で私を見ていた」
「岡田のことか?」

藍は頷いた。旭は心配そうに聞いた。

「何かされたのか?」
「何もないの。でも、あの時みたいに監禁されたらと思って、怖くて」
「大丈夫。僕がそんなことをさせない。だから安心して、さあ、上がって」

藍を支えながらリビングに行く。落ち着かせるために藍のお気に入りの紅茶を淹れて渡した。

ソファーに体を沈めて座っていた。旭が淹れた紅茶を両手で大切に持って、ゆっくりと飲み始めた。その味は労わるように喉元から優しく入っていく。

ざわつく心が収まっていくのだ。恐怖心が緩み穏やかさを取り戻した。それは旭の存在が安らぎを与えてくれるのだ。

岡田の顔を見た日から、時々挙動不審になる。辺りを見渡しては、何もなければ安心した。少しでも岡田に似た人物とすれ違うと震え上がる。
 まるで小動物が恐ろしい獣に狙われてるように。

 時間は平等に流れる。逆らい戻すことも進めることもできない。

それは藍にとって、心休まることのない時間が流れていた。しかし旭の小説の最終章の下が出てからも忙しさは変わらない。

その小説のために働いている時は、恐怖を忘れた。
執筆が終わったばかりの旭は、しっかり休み英気を養った。売れ行きの良さで、また忙しくなったのだ。

それはテレビ局の出演やサイン会、イベントなどのお陰で忙しい毎日が目まぐるしく過ぎた。

そうしている内に、またしても岡田の存在は、心の片隅に追いやられていた。
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