追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す
 夕食を終えて、藍は満足げにシェアハウスに戻った。久しぶりに楽しいひとときを過ごした。それに、こんなに美味しい店があったことを知らなかった。

まぁ、いい値段はしていたが、旭の知り合いみたいなので、また同類の友達なのだと分かった。それはセンスのいい人ばかりなのだ。

ソファーに座り3人は紅茶を飲んでいた。旭とゆうは一緒に座り、藍が向かいに座った。座り心地の良いソファーなので3人は、くつろいでいた。ゆうが身を乗り出して藍に声をかけた。

「藍ちゃん美味しかったね」
「ええ、すごく美味しかったです」
「でしょ。イタリアで修行したシェフの店だから、美味しいに決まってる」と旭が言った。
「そうなんですね。何か違うと思いました」
「何がいいって、シェフがイケメンだってことよ。藍ちゃんもそう思ったでしょう」
「そうですね」
「でも旭の方が、もっとイケメンだけど」と言いながらゆうは、横にいた旭に抱きついた。

旭はいつものことで抱きつかれても何の反応もしない。ゆうはそれでも胸に顔を埋めて嬉しそうにしていた。まるで大きな犬みたいで、ゆうが可愛く思えて藍は笑っていた。

藍はこんな日々が長く続くことを願った。当たり前にある何気ない日常が久しぶりに思えたのだ。

穏やかであると心まで余裕ができる。自分の機嫌の良さにびっくりしていた。何しても笑顔が漏れる。心がひなたぼっこしているようで心地良い。

「あぁー」藍はいきなり思い出して、声を上げてしまった。
「何よ。藍ちゃん、びっくりするじゃない」
「ごめんなさい。仕事を思い出して」
「僕に関わること?」
「いいえ、遠西寺先生のことです。ちょっと失礼します」

藍は慌てて紅茶の入ったカップを片付けようとすると旭が言った。

「いいよ、置いといて」
「ありがとうございます」

藍は礼をして部屋に向かった。部屋に入ると、まず遠西寺秀子に電話した。本が完成するので、明日持っていくという事だ。

メールで済ませるより本人の声が聞きたい。だから藍はいつも電話をする。何よりも本が出来上がると嬉しいのだ。

秀子は慣れっこで、藍が思うほど感動しないだろう。
だが藍は今だに本ができると感動がある。初心の頃と同じで、出来上がった本を手にすると、飛び上がって喜ぶのだ。

そんな藍だからこそ、信頼があり、共に創り出したという思いが作家に伝わるのだ。だからこそ秀子のお気に入りの編集者になるのにそう時間がかからなかった。藍はスマホで秀子の所へ電話した。

「お世話になっています。遠西寺先生、角栄社の大林です」
「大林さん、気になっていたのよ」
「そうでしょう。先生の大望の本が出来上がりました。明日お持ちします」
「まぁ、もうできたの。さすが大林さんは仕事が早いわね」
「その本の出来は最高ですから、期待して待っていて下さい」
「ええ、楽しみにしているわ。それから聞きたいことが」
「なんですか?」
「あれからどうなったの。佐藤先生のお宅に住むという件だけど」
「あぁ、はい。もう居心地良くて」
「2人の世界はどう?」
「先生、言ってませんでしたか。シェアハウスだってこと」
「そういえば聞いたわね。じゃぁ、他に誰かいるの?」
「はい、佐藤先生の友達のゆうさんという人です」
「女の子よね」
「いえ、男の子です」
「えー、大丈夫なの」
「全然、大丈夫ですよ」
「複雑な関係にならないといいんだけども」
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