追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す
 藍は夢の中にいた。(これは何、夢?)と思っていたものの生々しかった。

藍は川辺に逃げていた様子だ。気がつくと体がずぶ濡れになっていた。

(これは小説の中?)

そう思って辺りを見渡した。その広く大きな川の静けさは、何故か嫌な予感がした。

馬の蹄を鳴らして、遠くから近づいてくる人物がいた。大きな馬が前を立ち塞がるので、怖くなり後退りした。

見上げて見ると、岡田だった。藍はびっくりして声が出ない。逃げないといけないと思い、慌てて後ろに向き走り出した。

しかし直ぐに馬が前を塞ぐのだ。左右に逃げても同じだ。息が上がり、地べたに座り込んでしまう。すると上から言葉が降ってきた。

「観念せい。逃げても無駄だ。いくらでも追いかけよう」
「何故、追いかけてくるの?」
「お前には、もう何もない。その美しい体のみだな」笑い声とともに言った。

何がおかしいのか、藍は腹立しかった。それにしても岡田の格好が、乱世の武将に見える。

藍は重たい服を引きずって、また逃げまとう。よく見ると着物を着ている。濡れているせいで、更に重たいと感じた。

その様子は狩りの獲物の小動物が、逃げ道を探しているようだ。すると背中に矢が無数に刺さった旭の顔が、見える所に来ていた。

その顔は青白く死んでいるに違いないだろう。白藍の姫の体は動かなくなった。

そこへ後ろから腕を掴まれ、軽く持ち上がり馬の上に乗せられた。その後に家来らしき者が馬で駆けてきた。

「親方様、ここにいたのですか?」
「ああ」
「そのおなごは?」
「藍姫だ。1番高価な戦利品」

家来たちに藍を抱きかかえ見せた。

「おお、美しい」
「その戦利品は、誰かの褒美になりますか?」
「もし褒美になるのなら私ともにいただきたい」
「まだ幼くあるが、着物がはたけて見える胸元は大きい。抱き心地が良さそうだ」

家来たちは思い思いに言葉を発した。武内はきっぱりとした声で言う。

「誰にもやらぬ。まだ14だが、この姫は側室にするつもりだ」

藍姫は声もなく、ただ涙していた。旭を思って。

「親方様の好みなら仕方ない」
「この姫は、わざわざ側室に欲しいと交渉の1つにあげたが、断るから、お家断絶になる。逆らわずにおとなしく従えばいいものを。兄上と手を組もうとするのも許しがたい」
「親方様に逆らうからこうなるんです」
「私は兄上とは違って、同盟を組む気はない。邪魔者は消し武内家をもっと栄させる」
「さすがです。親方様、政権争いも難なく勝ち取り、逆う者どもも撃ちに行くとは」
「この戦利品は静かに味あわねば」

そう言うと笑いながら勝ち誇った様子で馬を走らせた。家来たちは後を追って、武内家の屋敷に向かった。

藍は何故か涙が止まらなかった。それは旭の顔が見えたことで、姫の心を引き裂く悲しみが溢れていたからだ。
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