こっちを向いて、ヴェルランド。
ⅩⅤ【リヒト再び】
突然部屋の扉が乱暴に叩かれたのは、リーリエが貰った小さな花束をひとしきり愛で終わってからだった。
叩かれた扉の音にリーリエは立ち上がる。しかしヴェルランドはその動きを制する様に掌で合図を送る。
「念の為、私が行く」
ヴェルランドは一言そう告げると腰のガンベルトから銃を取り出し、慎重に部屋の鍵を解錠する。
「策を無くして向かう者は?」
ヴェルランドはいつぞやに呟いたゼロ部隊の教訓を暗唱する。すると、扉の向こう側から聞き覚えのある声が響いた。
「必ず敵の剣に倒れる」
それを合図に、扉が開かれるとそこには少し驚いた表情をしたリヒトが立っていた。
「こりゃ驚いたぜ…」
リヒトはゆっくりとした足取りで、部屋に入ると、まるで狐に摘まれた様な表情でヴェルランドを見つめた。
「お前…、久しぶりじゃねぇか!!!お前から直接会いたいって言伝が届いた時は騙されてんのかと思ったぜ!」
「騙した方が良かったか?」
「馬鹿言うな!冗談だ、冗談!」
「相変わらず冗談の多い奴だな…」
「あんだよ!、せっかく指示通り会いに来てやったってのに!」
嬉しそうにヴェルランドの背中を叩くリヒトに、リーリエは少し驚く。
(何だか随分と仲が良いのね…)
てっきり仕事上の仲間だとばかり思っていたリーリエは、意外にも仲が良さそうな二人の姿に少し複雑な気分に陥る。
(友達か…)
リーリエは男同士で盛り上がる二人を見て小さく溜息を吐く。今思えば一国の姫としてリーリエには友達といえる友達がいなかった。
王国では皆どこか他所他所しく、リーリエを腫れ物を触る様扱った。
最初はそれで良かった。でも、時が流れていく内に裏でリーリエの事をよく思って居ない事を知った。
(姫様と話すと気疲れするのよね…)
(わかるー、ちょっと怠いよね)
(お姫様ならお姫様らしくお城の中で静かにしていればいいのにね?)
そんな陰口にほとほと疲れ果て、結局一人を選んだのは自分自身であるが未だにそれが正しい選択だったかはわからない。
「ん?、お、嬢ちゃんも一緒だったのか!この前はどうも」
リヒトは人の良さそうな笑みを浮かべる。案外彼は気さくな人なのかもしれない。
「またお会いするなんて思いませんでしたわ」
リーリエはそう言って微笑むとリヒトは「あんだよ、お前さん笑えんじゃねぇか、」と嬉しそうに笑った。
「にしてもヴェルランド、お前って奴は昔のまんまじゃねぇか!何で老けてねぇんだ?」
リヒトは顎に手を添えて不思議そうにヴェルランドの周りをぐるりと一周する。
「あまりジロジロ見るな。ダンゼルに呪いをかけられた様だ。皮肉にもそのせいで肉体の老化が止まってしまった。お陰でシワひとつ出来ない。」
「呪いだあ?、それって、要するに…やっぱり手ェ出しちまったんだな!」
どこか大袈裟なリヒトの反応にヴェルランドは顔を背ける。
「手は出していない…、ただ彼女を守りたかっただけだ…」
「なるほど。お前のお節介をダンゼルに勘違いされちまったってところか…」
リヒトは一人納得した様子で、近くに置いてあった簡素な椅子に腰掛ける。
「んで?そんなお前が、わざわざ俺をこんな所に呼び出した理由は?」
リヒトは顔を背けるヴェルランドに尋ねる。
「訳あって彼女をカノープスまで送る事になった。その為の衣服と装備が欲しい」
ヴェルランドの要求にリヒトは何故か眉を顰める。
「カノープスだあ?そりゃあ、やめた方がいい。カノープスは今シリウスの兵が攻め入っている最中だぜ?」
リヒトの反応にリーリエは悲しそうに瞳を伏せる。
「あぁ、承知の上だ。だが彼女と約束をしてしまった。頼む、協力してくれ」
「約束っていわれてもなあ…」
リヒトはリーリエの顔をまじまじと見つめる。
「あまりジロジロと見ないでくださる?」
「ん?あぁ、悪ぃ。でも俺には関係ないと思えねぇんだわ…」
「関係?」
リーリエは不思議そうに小首を傾げる。
「あぁ。ゼロ部隊の奴からの話によると、ダンゼルは逃げた捕虜を血眼で探してる」
「…」
「嬢ちゃん。捕虜ってあんたの事だろ?」
「…」
「それにあんた、やけにリリィ王女に似てるじゃねぇか」
リヒトの質問にリーリエは視線を逸らす。
「リヒト、あまり詮索してやるな」
「でもよ…」
「頼む。彼女には彼女の事情がある」
やけにリーリエを守ろうとするヴェルランドに、リヒトは困った様に頭を掻く。
「あー、、ちょっと来い」
リヒトはそう言うと、ヴェルランドの腕を引いて部屋から出た。
「お前な…、いくら彼女がリリィ王女に似てるからってやりすぎだぞ」
リヒトの言い分にヴェルランドはわかりやすく顔を顰める。
「何の話だ…。私は純粋に彼女をカノープスへ送り届けてやりたいだけだ…」
「それがやりすぎだって言ってんだよ!お前はただでさえダンゼルの野郎に目をつけられてんだろ?なら尚更あの捕虜を連れてカノープスへ行くのは反対だ」
リヒトは一息にそう言うと鼻をふんと鳴らした。
「お前と彼女がどう言う関係かは知らねぇが、こんな事、亡くなったリリィ王女が知ればきっと悲しむ。ただでさえあの捕虜とリリィ王女は似てるからな」
「何を勘違いしているか知らないが、私と彼女はそう言う関係ではない…」
「でもよ!」
「では、ここへ置いて行けと言うのか?あんな世間知らずの小娘、一日と持たずに死んでしまうぞ。お前はそれでもいいと言うんだな?」
「そこまで言ってねぇだろう…、俺はただー」
「リヒト、お前の忠告は感謝する。しかし、彼女を放ってはおけ無い」
どこか必死な様子にリヒトは押し黙る。ヴェルランドが彼女を守るのは、果たして本音か同情か。今のリヒトにはわからなかった。
「だあ!わかったよ!協力すりゃいいんだな?協力すりゃ」
根負けしたリヒトは仕方なく、部屋へと戻っていく。
「あら、ヒソヒソ話は終わりましたの?」
部屋ではリーリエが一人退屈そうに花を愛でていた。
「おう、仕方ねぇからお前さん達に協力してやる。今から二人で俺についてこい。一番近くの倉庫に案内してやるよ」