こっちを向いて、ヴェルランド。
ⅩⅦ【灰の町】
二人がリゲルを出発すると、ヴェルランドは何かの気配を察知したのか、徐々にグーグースのスピードを上げていく。
「ちょ、ちょっと!そんなに早く走らなくてもいいのではありませんか?」
リーリエは乱れる前髪を片手で押さえながら後ろで手綱を引くヴェルランドに尋ねる。
「あぁ、そのつもりだったが、モンスターの気配が近い。ここは一気に駆け抜けた方が良さそうだ」
ヴェルランドはそう言うと、リーリエの腰元へと腕を回す。
「な!何ですか!?」
「落ちない様に支えておく。それからこの先はあまり話さない方がいい」
「な、何で?」
「舌を噛むからだ」
ヴェルランドはそう言うとさらにグーグースのスピードを上げた。
そのあまりにも早いスピードに、リーリエは振り落とされそうになるがヴェルランドの支えにより何とか座った状態を保っている。
(…なんて乗り心地の悪い乗り物なの!)
リーリエは心の中で毒を吐くが、背後のヴェルランドは全くと言っていいほどブレる気配がない。それどころか、リーリエを片手で支えながら、とても上手にグーグースを乗りこなしている。
「…」
何だか、酷く落ち着かないー。
そして、何故かリリィ王女の事が不意に頭を過った。
(彼女もこうやってヴェルランドと出かけていたのかしら…)
今思えば、追っ手から守ってくれたのも、花をわざわざ摘んできてくれたのも、洋服の合わせ方がやけに上手いのも、全部リリィ王女のお陰なのかもしれない。
(全部、昔やった事があるんだわ。だからこんなに手慣れてる…)
今こうやって腰を抱いてくれるのも、きっと昔にやってあげた事があるのだ。
リーリエはそう思うと何故か、胸の辺りがグッと苦しくなった。
彼が私に優しくするのはリリィ王女に似てるからー。
何となく、その事には気がついていた。
リリィ王女と似ている事も、
彼が見つめる視線の先に、私がいない事も。
* * *
グーグースを乗りこなし、ようやく二人が辿り着いた場所は酷く寂れた場所だった。
「着いたぞ」
ヴェルランドは一言そう告げると、ひと足先にグーグースから降りる。
「お前はまだ乗っていろ。ここは足元が悪い」
辺りを見渡せば人の気配は無く、どこか不気味な廃工場の様な建物が乱立している。草木は殆どなく、辺り一面にはよくわからない鉄屑が無造作に捨てられている。
「ここは一体?」
リーリエは恐る恐る尋ねる。どう見ても人が立ち寄って良い場所ではない。
「ここはハダルと呼ばれる工業地帯だ。昔は栄えていたが、シリウスの技術革新によっていつからか灰の町と呼ばれる様になった…」
「灰の町…」
確かに、ぴったりのネーミングセンスであるが問題はそこではない。
「ま、まさか、ここで一夜を明かすなんて事…」
「そのまさかだ」
ヴェルランドの返答にリーリエは今にも泣きそうな表情を見せる。
「ヴェルランド、今は一刻を争うのです。こんなところで休んでいる場合ではー」
「では、この先にある叫びの森を一人で抜けるといい。悪いが私とコイツはここで休ませてもらう」
ヴェルランドはリーリエの発言を遮ると、少し開けた場所で足を止めた。
「叫びの森?森が叫ぶのですか?」
リーリエのキョトンとした表情にヴェルランドは分かりやすく溜息を吐く。
「やはり、お前は何も知らないのだな…」
やれやれと頭を横に振るヴェルランドにリーリエも分かりやすく不愉快を露わにする。
「そんなに言うなら最初から聞かないで下さいます?貴方とっても失礼よ」
何だか、いつも世間知らず扱いされる事にリーリエは素直に傷つく。
リリィ王女は違ったのだろうか。
幼い少女の様に、そっぽを向いてしまったリーリエにヴェルランドは少し困った様に腕を組んだ。
「そう直ぐにへそを曲げるな。それともお前の国ではそれが普通なのか?」
「馬鹿にしないでいただけます?、カノープスの民は皆素直で誠実な者ばかりです」
「なるほど。では、へそ曲がりな姫様の為に簡単に説明してやろう。叫びの森ー、入ったものを幻覚で惑わせ、迷わせる。そして森から出た人間をもれなく発狂させる。それが叫びの森だ」
ヴェルランドは端的に説明するとグーグースを足場の良い場所で座らせる。
「もしかして、その森を抜けるのですか?」
リーリエはヴェルランドから差し出された手を取ると、ゆっくりと地面へ足を下ろす。
「明朝、朝日が昇り次第叫びの森を抜ける。叫びの森が人を惑わすのは夜だけだ。上手く行けば明後日にはカノープス付近まで辿り着けるはずだ」
ようやく地面へと降り立ったリーリエから手を離すとヴェルランドは手際良くその場に小さなシートを広げる。
「何をしているのですか?」
「ここで暖をとり、雨風を凌げる様にする」
「え、もしかして野宿というやつですか…?」
あからさまに嫌な表情を浮かべるリーリエにヴェルランドは思わず作業の手を止める。
「まさか、快適なホテルにでも泊まると思ったのか?」
「いえ、ですが宿屋くらいは…」
「そんなものは無い」
ヴェルランドは再び手を動かしながら、準備を進めていく。
「先ほども説明したと思うが、ここは元々工場地帯。だがその工場は数年前に全て閉鎖した。シリウスはこの何も無い工場地帯には見向きもしなかった。故に年月だけが経ち、再開発もされないままガラクタばかりが残った」
「では、誰も住んでいらっしゃらないのですね」
ようやく納得したのか、リーリエは敷かれた小さなシートの上に座りこむ。
「誰が休んでいいといった?、お前も少しは手伝え…」
「…」
何故か驚いた様子でキョトンとするリーリエヴェルランドは顔を顰める。
「王国では蝶よ花よと育てられてきたかもしれないが、ここでは私の命令に従ってもらうぞ」
「なっ!別に蝶よ花よと育てられた覚えはありません。私だって、サバイバルの心得くらい…」
「では、何か燃えそうな物を集めてきてくれ」
ヴェルランドは再びリーリエの言葉を遮ると、手短に指示を出す。
「も、燃える物ですね!分かりました!持ってきますよ!言われなくても!持ってくればいいんでしょ?」
半ばヤケクソでその場から立ち上がると、リーリエは何か燃えそうな物は無いかと辺りを見渡す。しかし、目に入ってくるのは全て鉄屑だけでとても燃えそうには見えない。
「…」
リーリエは何度も目を凝らして地面を探し回るが、木の枝一つ落ちていない事に溜息を吐く。
(確か、叫びの森が近くにあるのよね…)
そこに行けば小枝の一本くらいあるはずだ。
(少し、だけなら大丈夫よね)
リーリエはそう考えると、徐々にヴェルランドの側から距離を取っていく。
(小枝を数本取って帰ってこよう…)