こっちを向いて、ヴェルランド。
ⅩⅧ【叫びの森】
ヴェルランドの目を忍んで、少し遠くの方まで来たリーリエは木々が生い茂った場所へと辿り着いた。
(ここかしら?)
恐らく森の入り口であろうその場所は、恐ろしく静まり返り夕暮れの明かりだけがうっすらと獣道を照らしている。
リーリエは静かに深呼吸をすると、体を屈めて小枝を探し始める。予想通りそこには幾つもの木の枝や枯れ葉が落ちており、リーリエは満足そうにそれらを集めていく。
(ほら、余裕じゃ無い。私だってこれくらいー)
リーリエは嬉しそうに小枝を拾い集めていく。無意識のうちに叫びの森へと足を踏み入れているとも知らずにどんどん森の中へと足を踏み入れていく。
すると、視線の端に誰かが通り過ぎる様な気配を感じた。
「?」
リーリエは屈めていた体を起こす。
「…ここは」
先程まで、確かに草木が生い茂った森の入り口付近に立っていたはずが、どういう訳か辺り一面綺麗な花が並ぶ温室の様な場所にポツンと立っていた。視線の先には一つの小さな噴水が見える。
(誰かいる…)
リーリエは息を潜めながらその噴水へと近づくと、そこには一人の女が綺麗な歌を口ずさみながら噴水の水に手を濡らしていた。
(あの人は、確か…)
リーリエは目を細めて、その人物が誰か思い出そうとしたその時ーー、
「そんなところに立っていないで、こちらへいらっしゃい」
突然、女は歌うことをやめてこちらに声をかけて来た。
リーリエは少し戸惑いつつもその場から姿を現そうと、一歩前へと歩み出る。しかし、それよりも早く前方から一人の男が姿を現した。
(ヴェルランド?)
リーリエは思わずその場に立ち止まる。
「何故、俺がここに居るとわかった?」
「あら、貴方の熱い視線を感じ取ったまでよ?」
女はどこか嬉しそうに微笑むと、ヴェルランドの首筋に腕を回す。
「リリィ…、やめろ。いくら温室と言えど誰がどこで聞き耳を立てているかわからない」
「私がここに来る理由を知っている癖に、そんな事仰るの?それならいっそのこと来なければいいのに…」
二人はリーリエに気づいていないのか、仲睦まじそうに見つめ合うとそのまま口付けを交わした。
(あぁ、なるほど…。これは幻覚。私が今最も見たくない幻…)
リーリエは冷静にそう判断すると、ゆっくりと呼吸を整える。普通の人間であればここで心乱される事は間違いない。しかし、エルフの血を引くリーリエにとってはこの程度のまやかし、恐るるに足らない。
リーリエは何度もその場で深呼吸をする。目の前で口付けを交わす二人を他所に一人静かに心を落ち着かせる。
「これは、幻。これは、幻。」
リーリエは何度も何度もそう唱える。
大切なのは心を乱さない事。そして傷付いている自分に気づく事。
光も影も受け止める事。
受け止めた上で事実だけを捉える事。
リーリエは心を落ち着けると小さな言葉で呪文を唱えた。
「意味のない幻よ、我を惑わすのはお辞めなさい。我はカノープスの民、エルフの血を引く魔法使い也。このくだらない幻影を直ちに終わらせなさい」
まさか、私が今一番恐れているのは二人の関係だなんてー。