こっちを向いて、ヴェルランド。
「大丈夫か…?」
リーリエは何とかヴェルランドに手を引かれながら歩きにくい砂漠地帯へと足を踏み入れる。先程までの緑が嘘の様に消え去り、改めて星の生態系というのは不思議なものだと一人驚いていた。
「私は大丈夫です。でも、あの子を一人走らせて良かったのですか?」
リーリエは先程物凄い勢いで走り去っていったグーグースの背中を不安そうに見つめる。
「あぁ、グーグースにはあのままリヒトのところへ戻れる様に奴に借りていた備品一式を持たせている。問題ない」
「そういう意味ではなく…、捕まったりしないでしょうか?」
リーリエの質問にヴェルランドは小さく微笑む。
「たとえ捕まったとしても、何も問題なければ所有者の元へと返却される手筈になっている。奴らは貴重な個体だ。間違っても殺すなんて馬鹿な真似はしないだろう」
「そう、なんですね」
リーリエは少しホッとした表情を見せると、再び道なき道をゆっくりと歩んでいく。
「そんなことより、良かったのか?」
「何がです?」
「花の輪だ」
「持って来た方が宜しかったですか?」
リーリエの言葉にヴェルランドは苦笑する。
「いや。ただ、お前なら最後だから何だと被ってくる様な気がしたんでな」
ヴェルランドの言葉に今度はリーリエが苦笑する。
「…どうせ持ち帰っても枯れてしまいますから」
「…そうか」
「それに、もう充分すぎるくらい貴方との思い出はできましたから」
結局、最後まで彼はこっちを向いてくれなかった。
それでもリーリエにとってはとても素敵な経験ができた。
初めての冒険ー。
初めての恋ー。
初めての失恋ー。
まさか人生の最後にこんな沢山の経験ができるとは思っても見なかった。
「リーリエ…」
「何でしょう?」
すると、突然ヴェルランドはその場に足を止めた。
「ここを東に真っ直ぐ進めばカノープスだ…、しかしここを西に行けばシリウスに辿り着く」
「えぇ…そうですね」
「…シリウスにはリヒトや、それに私が昔よく使っていた隠れ家が何軒かある」
「そうですか…」
リーリエはヴェルランドが何を言いたいのか分からぬまま静かに彼の話に耳を傾ける。
「そこで相談だが…、一緒に来ないか…」
「一緒にって…」
まさかの申し出にリーリエは戸惑いの表情を見せる。
「…リヒトに頼めばお前の素性を変えることくらい容易い。そうすれば他の地で仕事も見つかるー」
「ヴェルランド」
「何なら私がお前を家政婦として雇ってもいいー」
「ヴェルランド」
「家政婦が嫌なら、店と言う手もあるー」
「ヴェルランド」
「それも嫌なら…」
「ヴェルランド!」
リーリエは一際大きな声でヴェルランドの名前を叫ぶ。すると、ようやく我に帰ったのかヴェルランドは話を止めた。
「…やめろと言ったのは貴方ではありませんか」
「…」
「ここに来て何故今更止めるのです…?」
「それは…」
「何故、今になってそんな甘い戯言を吐くのですか!?」
リーリエは握っていた手を振り解くと、東の方角へと一人足早に歩き始める。
「リーリエ、待て!」
「待ちません!私はもう行くと決めたのです!」
「リーリエ!駄目だ!お前を失いたくはない!」
ヴェルランドの一言にリーリエはその場に立ち止まる。
「ずっと考えていた、お前をこのままカノープスに戻してもいいのか…、見殺しにしてもいいのかと」
「…」
「お前にとっての幸せと私にとっての幸せはイコールではない…。だから分からなかった。リリィの時もそうだ。私は彼女にとっての幸せを優先したつもりでいた、でもそれは違った…」
ヴェルランド悲痛な叫びにリーリエは動揺する。
「私はずっと私から逃げていた。その人の為だと思ってやっていたことは全て自分のためだと言う事に気がついた…。リリィに想いを伝えなかったのは自分の保身の為、お前の想いを聞き入れなかったのは過去の自分の行動を正当化する為だ…」
「…」
「リーリエ…、お前はまだ死ぬには若すぎる。本当に逃げるなら今だ。私がお前を本当の自由へ逃がしてやる、約束する。だから行くな…、行ってはダメだ!」
珍しく大きな声を張り上げるヴェルランドにリーリエは目を見開く。
本当の自由か、行けるものなら二人で行ってみたい。
しかし、どうしても彼の言葉の裏にはリリィ王女の姿が見え隠れする。
「ヴェルランド…、それは私が彼女と瓜二つだから言うのですか?」
「それは…」
「私が彼女と似ているから、名前も、顔も、今の立ち位置も、彼女に似ているからそんな事を仰るのでしょ?違いますか?」
ヴェルランドはその言葉に黙り込む。ほら、図星ではないかー。
「残念ですが私はリリィ王女の代わりにはなれません…」
彼女の代わりに、彼と生きるなんてそっちの方が屈辱である。
「私はこのままー」
カノープスへと戻ります。と言いかけたその時だったー。
どこからともなく飛んできた何かがリーリエの足元をかすった。
ヴェルランドはそれに気がつくと咄嗟にリーリエとの距離を詰め彼女を強引に地面へと押し倒した。
「痛い!突然何なのです?!」
「狙撃だ」
ヴェルランドは手短に答えると、直ぐに自身も銃を構えて発砲する。
リーリエは突然の発砲音に体を震わせるが、ヴェルランドは容赦なく何発も発砲を繰り返す。
「シリウスの兵だ。グーグースが囮だと言う事がバレたらしい…」
ヴェルランドはリーリエを押し倒したま器用に弾をリロードすると、再び発砲を繰り返す。
あまりの迫力にリーリエは怖くなってヴェルランドの服を掴んだ。
体感にして数分だろうかー。
ようやく銃撃音が止むとヴェルランドはリーリエから体を離した。
「大丈夫か?」
「え、えぇ…」
リーリエは震える身体を鎮める様に自身の両肩をさする。
「狙撃して来た兵は全て制圧したが、いつゼロ部隊が来るか分からない」
「…それって」
「もうここは前戦と変わりが無くなったと言う事だ…。」
「前戦と変わりがない…」
リーリエの顔から一気に血の気が引いて行く。
すると、ヴェルランドは胸元から小さな銃を取り出し、それをリーリエへと差し出した。
「…これは?」
「護身用の銃だ。打ち方は簡単、ここのセーフティーを外して引き金を引け」
「引けって…」
リーリエはその銃を無理矢理持たせられると、今にも泣きそうな表情でヴェルランドを見つめる。
「リーリエ…、残念だがここまでだ…敵は私が食い止める。その間にお前は東に向かって走れ」
「走れって、こんな暗闇ー」
「だからこそ都合がいい、暗闇の中動く人を撃ち落とすのはプロでも難しい。私はこの闇に乗じてお前の逃亡を助ける…。だから行け。今なら兵は居ない」
「で、でも…!」
「行け!走るんだ!国に戻るのだろう?さぁ早く!」
いつもは冷静なヴェルランドが、焦った様に声を張り上げる。周囲からは再び発砲音が鳴り響く。
「何をしている!さぁ!」
ヴェルランドも再び銃を構えると暗闇の中へと姿を眩ました。
「ヴェルランド?、ヴェルランド!」
リーリエは死への恐怖心からヴェルランドの名前を何度も呼ぶ。
カッコつけて、お姫様振って、何でもわかってる様なフリしてここまで来てしまった自分に異様に腹が立った。こんな事ならヴェルランドの言った通り二人で逃げれば良かった。
しかし、もう時間を元に戻すことはできない。
リーリエは諦めた様にその場に立ち尽くすとゆっくり深呼吸をする。
もうここまで来てしまったのだ。ならば覚悟を決めなくてはー。