Over the moon
Vol.9
― 会いたかった。
そんなときめくような気持ちを抱きながら朋也のもとへと走る。
紗月が息を切らし立ち止まると、朋也は嬉しそうな笑顔を紗月に向けた。
「俺、約束守ったよ。母さん、宇宙飛行士の夢を許してくれた。目指すからにはアームストロング船長のような立派な宇宙飛行士になってくれって」
紗月は大きく手を叩いていた。朋也はきっとこのことを早く伝えたくて仕方がなかったに違いない。
でも、少しくらい久しぶりに会えたことも喜んで欲しいな、と心の中で呟いていた。その声が届いたのだろうか、朋也は照れ臭そうに言葉を続けた。
「俺、紗月さんに会いたかった。いつも紗月さんのこと考えていた。毎晩、月に向かって『紗月さん、頑張れ』って話し掛けていたんだ」
その言葉を聞いた紗月は息を呑んだ。
やっぱりあの声はそうだった。以心伝心、こんなこともあるのだと紗月は無性に嬉しくなった。
「おめでとう。まずはお互い、第一歩を踏み出したわけね」
紗月はとびきりの笑顔を浮かべた。朋也の顔も思い切り綻んでいた。
「じゃあ、紗月さんも?」
「うん。私も約束を守ったわ。読んでくれるかな? 私の童話」
紗月は手にしていたカバーケースから挿絵と物語を添え書きしてあるトレーシングペーパーを取り出した。
「勿論。すごく楽しみにしていたんだ」
「あなたがモデルよ。月に憧れる男の子が、月に住む少女に出会う不思議なお話なの。ほんとうにとても素直な気持ちで書くことが出来た。あなたのおかげだって感謝している。私ね、いちばん最初にあなたに読んで貰いたかったの」
差し出された絵とトレーシングペーパーを受け取ると、朋也は少しだけ頬を染めていた。
「そんなことない。紗月さんの強い気持ちがこの童話を創り上げたんだよ。でも、俺がモデルなんだ。何だかこそばゆいな」
朋也はレジャーシートの上に座り込むと早速、懐中電灯の灯りを頼りに童話を読みはじめる。その隣にそっと座った紗月は、真剣な面持ちで物語を読んでいる朋也に聞こえないよう小さく呟いていた。
― ありがとう……。
二人はその夜遅くまで肩を寄せ合い、淡く輝く満月を飽きることなく眺めていた。
「ねぇ、次の満月までにまた、約束をしない?」
「へぇ、どんな約束」
穏やかな朋也の笑顔が紗月の瞳に映る。この人と一緒ならどんな約束でも出来る。そして、それを果たせることが出来るような気がすると紗月は思っていた。
同じ価値観、そして同じ時間の流れを共有出来る相手なのだと感じていた。
「私はこの童話を出版社に持ち込んでみるわ。修正を指摘されたら納得がいくまでとことんやる。デビューの足掛かりになるまで諦めずに何度でも頑張る。そして、朋也くんは理工学部への変更届を提出してトップの成績を取る。うん、こんな約束はどうかしら?」
「実は学部変更の手続きはもう済ませたんだ。それに次の満月までの一ヶ月以内に試験はないよ。その提案は却下だな」
朋也は笑いながら芝生に寝転がった。
「じゃあ、どんな約束ならしてくれるの?」
紗月が困ったように小指を朋也の目の前に差し出した。
「うーん、と。そうだな……」
朋也は差し出されていた紗月の手首を掴むと、体ごと自分の胸にぐいと抱き寄せた。少し驚いた紗月だったが、不思議と嫌ではなかった。
紗月はドキドキしながら頬を朋也の胸にそっと預ける。一旦、頬を預けると何故だか安心出来た。胸の鼓動だけが規則正しく耳に響く。抱き寄せられた朋也の体はとても暖かく感じた。
「約束とは違うけど、今夜の満月に報告したいことはあるんだ」
朋也が宙を見据えながら囁いた。
「報告?」
「うん……。紗月さんのこと、好きになりそうだって」
朋也の胸からいきなり早い鼓動が伝わってきた。
まだ自分でも朋也のことを好きだとか、愛しているとか、それはよく分からない。でも、ここに来るとき確かに会いたいと思っていた。
そして、会えたときはとても嬉しかった。そんな素直な気持ちがいちばん大切なことだと紗月には分かっていた。
自分の正直な気持ちを言葉にしよう。そう、ときめいたあの時のように。紗月は小さな声で囁いた。
「私もそう思っていたわ。あなたのこと、好きになりそうって」
何の無理もなく言葉が紡がれていた。
「ありがとう。嬉しいよ」
朋也が紗月の髪をそっと撫でる。
自分の気持ちも朋也の気持ちも少しずつ月が満ちて、やがてまぁるい満月になるようにゆっくりゆっくり育てていければいい。
そしていつの日か二人は同じ夢を描いているかも知れない。
そうなればどんなにステキなことだろう。萌えるような新緑の香りを乗せた心地良い風に二人の髪がなびく。
― 緑色の季節のあと、もうすぐ青色の夏がやってくる。二人で過ごすかも知れない初めての季節が……。
そんなことを思いながらふと夜空を見上げた紗月の瞳に、優しく微笑んでいるような満月が映っていた。
Over the moon 了
そんなときめくような気持ちを抱きながら朋也のもとへと走る。
紗月が息を切らし立ち止まると、朋也は嬉しそうな笑顔を紗月に向けた。
「俺、約束守ったよ。母さん、宇宙飛行士の夢を許してくれた。目指すからにはアームストロング船長のような立派な宇宙飛行士になってくれって」
紗月は大きく手を叩いていた。朋也はきっとこのことを早く伝えたくて仕方がなかったに違いない。
でも、少しくらい久しぶりに会えたことも喜んで欲しいな、と心の中で呟いていた。その声が届いたのだろうか、朋也は照れ臭そうに言葉を続けた。
「俺、紗月さんに会いたかった。いつも紗月さんのこと考えていた。毎晩、月に向かって『紗月さん、頑張れ』って話し掛けていたんだ」
その言葉を聞いた紗月は息を呑んだ。
やっぱりあの声はそうだった。以心伝心、こんなこともあるのだと紗月は無性に嬉しくなった。
「おめでとう。まずはお互い、第一歩を踏み出したわけね」
紗月はとびきりの笑顔を浮かべた。朋也の顔も思い切り綻んでいた。
「じゃあ、紗月さんも?」
「うん。私も約束を守ったわ。読んでくれるかな? 私の童話」
紗月は手にしていたカバーケースから挿絵と物語を添え書きしてあるトレーシングペーパーを取り出した。
「勿論。すごく楽しみにしていたんだ」
「あなたがモデルよ。月に憧れる男の子が、月に住む少女に出会う不思議なお話なの。ほんとうにとても素直な気持ちで書くことが出来た。あなたのおかげだって感謝している。私ね、いちばん最初にあなたに読んで貰いたかったの」
差し出された絵とトレーシングペーパーを受け取ると、朋也は少しだけ頬を染めていた。
「そんなことない。紗月さんの強い気持ちがこの童話を創り上げたんだよ。でも、俺がモデルなんだ。何だかこそばゆいな」
朋也はレジャーシートの上に座り込むと早速、懐中電灯の灯りを頼りに童話を読みはじめる。その隣にそっと座った紗月は、真剣な面持ちで物語を読んでいる朋也に聞こえないよう小さく呟いていた。
― ありがとう……。
二人はその夜遅くまで肩を寄せ合い、淡く輝く満月を飽きることなく眺めていた。
「ねぇ、次の満月までにまた、約束をしない?」
「へぇ、どんな約束」
穏やかな朋也の笑顔が紗月の瞳に映る。この人と一緒ならどんな約束でも出来る。そして、それを果たせることが出来るような気がすると紗月は思っていた。
同じ価値観、そして同じ時間の流れを共有出来る相手なのだと感じていた。
「私はこの童話を出版社に持ち込んでみるわ。修正を指摘されたら納得がいくまでとことんやる。デビューの足掛かりになるまで諦めずに何度でも頑張る。そして、朋也くんは理工学部への変更届を提出してトップの成績を取る。うん、こんな約束はどうかしら?」
「実は学部変更の手続きはもう済ませたんだ。それに次の満月までの一ヶ月以内に試験はないよ。その提案は却下だな」
朋也は笑いながら芝生に寝転がった。
「じゃあ、どんな約束ならしてくれるの?」
紗月が困ったように小指を朋也の目の前に差し出した。
「うーん、と。そうだな……」
朋也は差し出されていた紗月の手首を掴むと、体ごと自分の胸にぐいと抱き寄せた。少し驚いた紗月だったが、不思議と嫌ではなかった。
紗月はドキドキしながら頬を朋也の胸にそっと預ける。一旦、頬を預けると何故だか安心出来た。胸の鼓動だけが規則正しく耳に響く。抱き寄せられた朋也の体はとても暖かく感じた。
「約束とは違うけど、今夜の満月に報告したいことはあるんだ」
朋也が宙を見据えながら囁いた。
「報告?」
「うん……。紗月さんのこと、好きになりそうだって」
朋也の胸からいきなり早い鼓動が伝わってきた。
まだ自分でも朋也のことを好きだとか、愛しているとか、それはよく分からない。でも、ここに来るとき確かに会いたいと思っていた。
そして、会えたときはとても嬉しかった。そんな素直な気持ちがいちばん大切なことだと紗月には分かっていた。
自分の正直な気持ちを言葉にしよう。そう、ときめいたあの時のように。紗月は小さな声で囁いた。
「私もそう思っていたわ。あなたのこと、好きになりそうって」
何の無理もなく言葉が紡がれていた。
「ありがとう。嬉しいよ」
朋也が紗月の髪をそっと撫でる。
自分の気持ちも朋也の気持ちも少しずつ月が満ちて、やがてまぁるい満月になるようにゆっくりゆっくり育てていければいい。
そしていつの日か二人は同じ夢を描いているかも知れない。
そうなればどんなにステキなことだろう。萌えるような新緑の香りを乗せた心地良い風に二人の髪がなびく。
― 緑色の季節のあと、もうすぐ青色の夏がやってくる。二人で過ごすかも知れない初めての季節が……。
そんなことを思いながらふと夜空を見上げた紗月の瞳に、優しく微笑んでいるような満月が映っていた。
Over the moon 了


