Over the moon
Vol.8
ほんの十分程度で、海岸の堤防沿いに車は静かに停まった。エンジンを切り、車外へと出た朋也と紗月は肩を並べて堤防に腰掛けた。
「これを見せたかったんだ」
波の音が聞こえる中、朋也が水平線を指差した。紗月の瞳にゆっくりと海に沈みはじめている月が映った。
「わぁ、月が沈むところだけ海が淡く金色に輝いている。すごく幻想的」
紗月がそっと朋也の肩にもたれかかる。言葉を交わさなくても朋也の暖かい気持ちが伝わってくる。そんな気がした。
月が静かにその姿を海に沈めたあと、二人はしばらく波の調べだけを聞いていた。どのくらいの時間が過ぎただろうか。 紗月は海を見つめながら小さな声で呟いた。
「朋也くん、ありがとう。私、もう一度夢を追いかけたいって思えた。自分を見つめ直せる時間を持てたことがすごく嬉しかった。だから……だから私、もう一度頑張ってみる。もう諦めたりしないようにする」
その言葉に朋也は大きく頷くと、そっと紗月の肩に手を置いた。
「ひとつ、提案があるんだ」
紗月がゆっくりと顔を上げると、朋也はそっと肩を抱き寄せた。
「二人だけの約束をしようよ。今夜の月は上弦の月。次に満月、フルムーンになるのは来週の土曜日。それまでに俺は自分の進むべき道を、やりたいことを母に伝えて許してもらう。そして紗月さんは童話をひとつ創り上げる。一週間で作品をひとつ仕上げるなんて、無茶なことを言ってるのは分かっている。でも、自分一人だと難しいって思えることも誰かと一緒なら、約束をしたなら出来ると思うんだ。だから一週間後の土曜日の夜に美空公園で又、会おうよ。そしてお互いの成果を報告しあう。俺も紗月さんもきっかけが必要なんだ。だったらそれを作ればいいんだよ」
こんなにも自分のことを考え、支えようとしてくれている朋也の気持ちが嬉しかった。
それに応えたい。もう一度童話を描いてチャレンジしようと紗月は心から思った。
「二人だけの……約束?」
紗月がはにかむように呟いた。
「そう、二人だけの約束。指きりげんまんする?」
朋也が差し出した小指に紗月はゆっくりと小指をからませた。
空は少しずつラベンダー色へと変化していき、暗かった海にも青い色が浮かんでくる。
二人は夜明けまで海を見ながら語り合った。お互いの好きな音楽や本、作者は誰なのかとか。そして食べ物や映画、旅行に行って見たい国や好きな花といった、とりとめのない会話だったが、相手をより深く知っていくには充分過ぎるほどの時間だった。
それは二人が思っていた以上に価値観や趣味が似ていたせいでもあった。同じものを見て感動したり笑い合ったり出来るものがあれば打ち解けるのも早い。二人の胸には思いやりと、互いに信頼出来合う何かが芽生えていた。
朝日が昇りきった頃、車は紗月のマンションに辿り着いていた。
「土曜日、満月の夜。約束だよ」
エントラスの前に立った紗月に、ハンドルを握ったままの朋也が声を掛けた。
「うん。朋也くんがビックリするようなお話を書いて持っていくわ」
紗月の晴々とした笑顔を見た朋也は小さく頷いて見せた。
「楽しみにしている。じゃ、おやすみ」
走り出した車の窓から朋也が大きく手を振る。紗月は笑いながら小さく手を振りそれに応え、車が路地を曲がって見えなくなるまで朋也を見送った。
その日の夜から紗月は童話創りに没頭した。紗月には朋也と約束を交わしたときから、ひとつの物語が出来はじめていた。今までどんなに考えても出来なかった新しい物語の展開が次々と心の中に浮かんでくる。
紗月は素直な気持ちでありのままに物語を書いていく。
それはまるで童話を書き始めた少女の頃に戻ったような感覚だった。
書いていて楽しいと思える気持ちになれたのもほんとうに久しぶりだった。
そして、あの夜の月の美しさを思い出しながら一枚の挿絵を描いてみた。
パステル調の色をふんだんに使ったその挿絵は、心から納得出来る仕上がり具合だった。
それからというもの、仕事を終えて帰って来た紗月の部屋は毎晩遅くまで明かりが灯っていた。
一週間後の土曜日。
ふんわりと降りてくる夜の帳の中、紗月は市街地を抜けて美空公園へと向かっていた。金色に輝く満月が美空公園へと歩く紗月の後をゆっくり、ゆっくりとついてくる。
公園の階段を登るときも、足元を照らしてくれるかのように満月は紗月を見守っていた。
第一公園に着いた紗月が管理事務所の裏手を覗くと、朋也の車が停めてあった。
「もう来ているんだ」
紗月は第二公園への階段を小走りに駆け上がる。
一週間ぶりに会うことになる朋也の顔を思い浮かべると、何故か胸が高鳴った。
この一週間、童話作りに没頭してはいたが、朋也のことを忘れたことはなかった。
深夜にふと何処からか「頑張れ」と、言う朋也の声が聞こえてきたことが何度もある。
紗月はその声を聞く度に窓を開け、夜空を見上げた。きっと朋也もこの月を見上げているんだと思うと力が沸いてきた。何度も何度も見えない朋也の声に励まされた紗月は昨夜遅く、ついに童話を創り上げたのだった。
第二公園に着くと、月明かりに照らされた朋也の姿が遠くに見て取れた。
「朋也くん‼」
紗月が大きな声で彼の名を呼ぶと朋也は振り返り、大きく腕を振った。
「紗月さん、こっちこっち」
紗月は朋也のもとへと駆け出していた。
「これを見せたかったんだ」
波の音が聞こえる中、朋也が水平線を指差した。紗月の瞳にゆっくりと海に沈みはじめている月が映った。
「わぁ、月が沈むところだけ海が淡く金色に輝いている。すごく幻想的」
紗月がそっと朋也の肩にもたれかかる。言葉を交わさなくても朋也の暖かい気持ちが伝わってくる。そんな気がした。
月が静かにその姿を海に沈めたあと、二人はしばらく波の調べだけを聞いていた。どのくらいの時間が過ぎただろうか。 紗月は海を見つめながら小さな声で呟いた。
「朋也くん、ありがとう。私、もう一度夢を追いかけたいって思えた。自分を見つめ直せる時間を持てたことがすごく嬉しかった。だから……だから私、もう一度頑張ってみる。もう諦めたりしないようにする」
その言葉に朋也は大きく頷くと、そっと紗月の肩に手を置いた。
「ひとつ、提案があるんだ」
紗月がゆっくりと顔を上げると、朋也はそっと肩を抱き寄せた。
「二人だけの約束をしようよ。今夜の月は上弦の月。次に満月、フルムーンになるのは来週の土曜日。それまでに俺は自分の進むべき道を、やりたいことを母に伝えて許してもらう。そして紗月さんは童話をひとつ創り上げる。一週間で作品をひとつ仕上げるなんて、無茶なことを言ってるのは分かっている。でも、自分一人だと難しいって思えることも誰かと一緒なら、約束をしたなら出来ると思うんだ。だから一週間後の土曜日の夜に美空公園で又、会おうよ。そしてお互いの成果を報告しあう。俺も紗月さんもきっかけが必要なんだ。だったらそれを作ればいいんだよ」
こんなにも自分のことを考え、支えようとしてくれている朋也の気持ちが嬉しかった。
それに応えたい。もう一度童話を描いてチャレンジしようと紗月は心から思った。
「二人だけの……約束?」
紗月がはにかむように呟いた。
「そう、二人だけの約束。指きりげんまんする?」
朋也が差し出した小指に紗月はゆっくりと小指をからませた。
空は少しずつラベンダー色へと変化していき、暗かった海にも青い色が浮かんでくる。
二人は夜明けまで海を見ながら語り合った。お互いの好きな音楽や本、作者は誰なのかとか。そして食べ物や映画、旅行に行って見たい国や好きな花といった、とりとめのない会話だったが、相手をより深く知っていくには充分過ぎるほどの時間だった。
それは二人が思っていた以上に価値観や趣味が似ていたせいでもあった。同じものを見て感動したり笑い合ったり出来るものがあれば打ち解けるのも早い。二人の胸には思いやりと、互いに信頼出来合う何かが芽生えていた。
朝日が昇りきった頃、車は紗月のマンションに辿り着いていた。
「土曜日、満月の夜。約束だよ」
エントラスの前に立った紗月に、ハンドルを握ったままの朋也が声を掛けた。
「うん。朋也くんがビックリするようなお話を書いて持っていくわ」
紗月の晴々とした笑顔を見た朋也は小さく頷いて見せた。
「楽しみにしている。じゃ、おやすみ」
走り出した車の窓から朋也が大きく手を振る。紗月は笑いながら小さく手を振りそれに応え、車が路地を曲がって見えなくなるまで朋也を見送った。
その日の夜から紗月は童話創りに没頭した。紗月には朋也と約束を交わしたときから、ひとつの物語が出来はじめていた。今までどんなに考えても出来なかった新しい物語の展開が次々と心の中に浮かんでくる。
紗月は素直な気持ちでありのままに物語を書いていく。
それはまるで童話を書き始めた少女の頃に戻ったような感覚だった。
書いていて楽しいと思える気持ちになれたのもほんとうに久しぶりだった。
そして、あの夜の月の美しさを思い出しながら一枚の挿絵を描いてみた。
パステル調の色をふんだんに使ったその挿絵は、心から納得出来る仕上がり具合だった。
それからというもの、仕事を終えて帰って来た紗月の部屋は毎晩遅くまで明かりが灯っていた。
一週間後の土曜日。
ふんわりと降りてくる夜の帳の中、紗月は市街地を抜けて美空公園へと向かっていた。金色に輝く満月が美空公園へと歩く紗月の後をゆっくり、ゆっくりとついてくる。
公園の階段を登るときも、足元を照らしてくれるかのように満月は紗月を見守っていた。
第一公園に着いた紗月が管理事務所の裏手を覗くと、朋也の車が停めてあった。
「もう来ているんだ」
紗月は第二公園への階段を小走りに駆け上がる。
一週間ぶりに会うことになる朋也の顔を思い浮かべると、何故か胸が高鳴った。
この一週間、童話作りに没頭してはいたが、朋也のことを忘れたことはなかった。
深夜にふと何処からか「頑張れ」と、言う朋也の声が聞こえてきたことが何度もある。
紗月はその声を聞く度に窓を開け、夜空を見上げた。きっと朋也もこの月を見上げているんだと思うと力が沸いてきた。何度も何度も見えない朋也の声に励まされた紗月は昨夜遅く、ついに童話を創り上げたのだった。
第二公園に着くと、月明かりに照らされた朋也の姿が遠くに見て取れた。
「朋也くん‼」
紗月が大きな声で彼の名を呼ぶと朋也は振り返り、大きく腕を振った。
「紗月さん、こっちこっち」
紗月は朋也のもとへと駆け出していた。