Last quarter
Vol.1
後姿を見ていても怒り心頭といった感じで、どかどかと前を歩いていく紗月にやれやれホントに手間の掛かる人だと思いながら、彼女に追いついた朋也は大きく声を掛けた。
「待ってよ、紗月さん。そんなに機嫌悪くすることないだろう」
その声に反応した紗月がぴたりと歩みを止めて振り返った。
目が怒っていた。ピリピリとした雰囲気が全身を覆っている。
うわぁ、これ本気で怒ってるよ。まいったな……。朋也は溜息を漏らしそうな自分に待ったを掛けた。
そんな朋也の空気を読んだのか、いきなり紗月が責めるようなケンカ口調で怒鳴った。
「どうして待ち合わせしてるのに、あんなにたくさんの女の子連れてくるのよ。しかも年上なんだって……。そんなことまで言わなくてもいいじゃない。あの娘たち、朋くんにはオバさんなんかより、年下の女の子のほうが似合ってるのにとか、ひそひそ言ってたんだよ」
「だから勝手について来たんだって言っただろ。それに幾つだって聞かれたから正直に答えただけ。久しぶりのデートにわざわざ他の娘を連れてくる理由がどこにあるんだよ」
少しむっとした朋也が同じような口調で言い返した。
あ、いけね。またやっちゃったよ。紗月さんにこういう言い方は逆効果だって分かっているのに……。
そう、頭では分かっている。なのに、つい口走っていることが多々ある。実際、ストレートに感情をぶつけてくる彼女より自分のほうがよほど素直じゃないし、天邪鬼だ。そんなことを朋也は密かに思っていた。
「だったらデートだから帰れとか、ついて来るなって言えばいいじゃない」
「それも言った。聞く耳を持ってないんだよ、彼女たちは。結局、紗月さんを見たかっただけだろ」
朋也の言葉に紗月は更にムッとした表情で頬を膨らませ「どうせ私は年上のオバさんよ」と、言い放ち、拗ねたように目を逸らすと何も言わずに又、どかどかと歩き出した。
ああ、もう。こんなこと何回繰り返せばいいんだよ。
「じゃあ、勝手にしろよ。久しぶりに会えるのを楽しみにしていたのは紗月さんだけじゃないんだ」
そう捨て台詞を残し、朋也は踵を返し、紗月とは反対方向へ歩き出した。
何をやっているんだ俺は……。自分で大きな穴掘って、落っこちたよ。
― 年の差なんて気にしても仕方ないじゃないか。
しばらく歩いた朋也は誰に遠慮することもなくそう呟くと、大きな溜息を吐いていた。
でも、実際こういうとき年上の包容力のある男だったらさらりと受け流しちゃうんだろうな。
で、バカだなぁ。何、拗ねているんだよ、とか何とか言いくるめて機嫌直してやれるんだろうな。
そんなことを考えながらも、背後を気にしている自分が情けなかった。気になるくらいなら追い掛けて謝ればいいのにと。
街路樹のさわさわという葉擦れの音が耳に届く。朋也は歩くのを止め、ふと空を仰いだ。
青い空と白い入道雲が目に眩しい。ああ、もうすぐ盛夏なんだと感じた。それは二人が出会ってから四ヶ月が過ぎようとする七月の昼下がりだった。
上弦の月、ファーストクォーターの夜に出会い、満月の夜にお互いの約束を果たしてからは頻繁に連絡を取るようになった。
毎日ではなかったが会うことが、話すことがとても楽しくて嬉しくて仕方なかった。それだけでは足りなくて、夜遅くまで長電話をしたりと、話が尽きることはなかった。
僅かな時間を割いて会えたときの彼女の嬉しそうな笑顔がたまらなく好きで、それがずっとずっと続いていくものだと思っていた。
彼女と出会えたことで世界が広がり、学べることがたくさんあった。同じものを見て感動したり、涙したり笑い合ったりも出来た。
ほんとうにステキな人、そして大切にしたいと思える女性に出会えたことに感謝していた。ずっとずっと一緒にいたい。いつまでも大切にしていきたい。泣き顔なんて見たくないし、傷付けたりは絶対にしたくない。
そう思っていたはずなのに、どうしてこんなふうに意地ばかりをぶつけてしまうようになったのだろう。
近くにいるのが当たり前になったからなのか、それとも馴れ合ってしまいすぎたのか。もしかすると思いやりの気持ちが薄れてしまったのだろうか。
そんなことはない。今でも彼女のことは尊敬出来るし、信頼もしている。とてもステキな女性だと思っている。
会う度に彼女はキレイになっていくし、その姿を見るだけで胸がときめいて、いつでも新鮮な気持ちでいられる。
あの満月の夜以来、言葉にしてはいないけれど、好きになりそうなんかじゃない。
もう、どうしようもないくらい好きになっている。
彼女が今、自分のことをどう想ってくれているのかは分からない。
だけど彼女が想うよりも、きっと自分は彼女のことをそれ以上に想っている。
なのに、その一言がなぜか言えない。どうしてなんだろうと思う。
自分が年下だという引け目が何処か心の奥底に燻ぶっているのだろうか。
いや、それは違う……。好きになった人がたまたま二年ほど早く生を受けていただけだ。だから年の差なんて気にしてはいない。
そんなふうに思っているのに彼女の口から年上だの年下だのという言葉を聞くと、心に棘が幾つも刺さってどんどん大きくなっていく。
そして知らず知らずのうちに心はささくれ立っていて、つい思ってもいないことを口走っている。
まだ精神的に幼いのだと自己嫌悪に陥ってばかりだ。今のままではダメなんだ。もっと素直になって自分の気持ちのことばかりじゃなく、相手の気持ちも考えなくては。
そう、「好き」というその想いだけでは続かないのだと感じている。
だったらどうすればいいのだろう。ここ数日、朋也はその答えを捜していた。
でも、意外と人は自分自身のこととなると全く解らなくなってしまうことが多い。解らないというよりも自分自身が見えてこないのだ。朋也は自分の想いと紗月への想いを巡らせ、ジレンマの日々を送っていた。
「待ってよ、紗月さん。そんなに機嫌悪くすることないだろう」
その声に反応した紗月がぴたりと歩みを止めて振り返った。
目が怒っていた。ピリピリとした雰囲気が全身を覆っている。
うわぁ、これ本気で怒ってるよ。まいったな……。朋也は溜息を漏らしそうな自分に待ったを掛けた。
そんな朋也の空気を読んだのか、いきなり紗月が責めるようなケンカ口調で怒鳴った。
「どうして待ち合わせしてるのに、あんなにたくさんの女の子連れてくるのよ。しかも年上なんだって……。そんなことまで言わなくてもいいじゃない。あの娘たち、朋くんにはオバさんなんかより、年下の女の子のほうが似合ってるのにとか、ひそひそ言ってたんだよ」
「だから勝手について来たんだって言っただろ。それに幾つだって聞かれたから正直に答えただけ。久しぶりのデートにわざわざ他の娘を連れてくる理由がどこにあるんだよ」
少しむっとした朋也が同じような口調で言い返した。
あ、いけね。またやっちゃったよ。紗月さんにこういう言い方は逆効果だって分かっているのに……。
そう、頭では分かっている。なのに、つい口走っていることが多々ある。実際、ストレートに感情をぶつけてくる彼女より自分のほうがよほど素直じゃないし、天邪鬼だ。そんなことを朋也は密かに思っていた。
「だったらデートだから帰れとか、ついて来るなって言えばいいじゃない」
「それも言った。聞く耳を持ってないんだよ、彼女たちは。結局、紗月さんを見たかっただけだろ」
朋也の言葉に紗月は更にムッとした表情で頬を膨らませ「どうせ私は年上のオバさんよ」と、言い放ち、拗ねたように目を逸らすと何も言わずに又、どかどかと歩き出した。
ああ、もう。こんなこと何回繰り返せばいいんだよ。
「じゃあ、勝手にしろよ。久しぶりに会えるのを楽しみにしていたのは紗月さんだけじゃないんだ」
そう捨て台詞を残し、朋也は踵を返し、紗月とは反対方向へ歩き出した。
何をやっているんだ俺は……。自分で大きな穴掘って、落っこちたよ。
― 年の差なんて気にしても仕方ないじゃないか。
しばらく歩いた朋也は誰に遠慮することもなくそう呟くと、大きな溜息を吐いていた。
でも、実際こういうとき年上の包容力のある男だったらさらりと受け流しちゃうんだろうな。
で、バカだなぁ。何、拗ねているんだよ、とか何とか言いくるめて機嫌直してやれるんだろうな。
そんなことを考えながらも、背後を気にしている自分が情けなかった。気になるくらいなら追い掛けて謝ればいいのにと。
街路樹のさわさわという葉擦れの音が耳に届く。朋也は歩くのを止め、ふと空を仰いだ。
青い空と白い入道雲が目に眩しい。ああ、もうすぐ盛夏なんだと感じた。それは二人が出会ってから四ヶ月が過ぎようとする七月の昼下がりだった。
上弦の月、ファーストクォーターの夜に出会い、満月の夜にお互いの約束を果たしてからは頻繁に連絡を取るようになった。
毎日ではなかったが会うことが、話すことがとても楽しくて嬉しくて仕方なかった。それだけでは足りなくて、夜遅くまで長電話をしたりと、話が尽きることはなかった。
僅かな時間を割いて会えたときの彼女の嬉しそうな笑顔がたまらなく好きで、それがずっとずっと続いていくものだと思っていた。
彼女と出会えたことで世界が広がり、学べることがたくさんあった。同じものを見て感動したり、涙したり笑い合ったりも出来た。
ほんとうにステキな人、そして大切にしたいと思える女性に出会えたことに感謝していた。ずっとずっと一緒にいたい。いつまでも大切にしていきたい。泣き顔なんて見たくないし、傷付けたりは絶対にしたくない。
そう思っていたはずなのに、どうしてこんなふうに意地ばかりをぶつけてしまうようになったのだろう。
近くにいるのが当たり前になったからなのか、それとも馴れ合ってしまいすぎたのか。もしかすると思いやりの気持ちが薄れてしまったのだろうか。
そんなことはない。今でも彼女のことは尊敬出来るし、信頼もしている。とてもステキな女性だと思っている。
会う度に彼女はキレイになっていくし、その姿を見るだけで胸がときめいて、いつでも新鮮な気持ちでいられる。
あの満月の夜以来、言葉にしてはいないけれど、好きになりそうなんかじゃない。
もう、どうしようもないくらい好きになっている。
彼女が今、自分のことをどう想ってくれているのかは分からない。
だけど彼女が想うよりも、きっと自分は彼女のことをそれ以上に想っている。
なのに、その一言がなぜか言えない。どうしてなんだろうと思う。
自分が年下だという引け目が何処か心の奥底に燻ぶっているのだろうか。
いや、それは違う……。好きになった人がたまたま二年ほど早く生を受けていただけだ。だから年の差なんて気にしてはいない。
そんなふうに思っているのに彼女の口から年上だの年下だのという言葉を聞くと、心に棘が幾つも刺さってどんどん大きくなっていく。
そして知らず知らずのうちに心はささくれ立っていて、つい思ってもいないことを口走っている。
まだ精神的に幼いのだと自己嫌悪に陥ってばかりだ。今のままではダメなんだ。もっと素直になって自分の気持ちのことばかりじゃなく、相手の気持ちも考えなくては。
そう、「好き」というその想いだけでは続かないのだと感じている。
だったらどうすればいいのだろう。ここ数日、朋也はその答えを捜していた。
でも、意外と人は自分自身のこととなると全く解らなくなってしまうことが多い。解らないというよりも自分自身が見えてこないのだ。朋也は自分の想いと紗月への想いを巡らせ、ジレンマの日々を送っていた。