Last quarter
Vol.2
結局、紗月も朋也を追い掛けては来なかった。後悔だけが胸に残る。あのとき、ほんの少しだけでも素直になって、自分から追い掛けていれば良かったのにと。
真っ直ぐ自宅に帰り、部屋のベッドに倒れこんだ朋也は携帯電話を開いた。紗月からの着信もメールも届いてはいない。
「あの意地っ張り」
そう呟いてはみたものの、その言葉がそっくりそのまま自分に当て嵌まることに気付く。
穴掘って落っこちて、もがくだけじゃ飽き足らず、その穴を自分でより深くしているような気がした。
「バカだな、俺」
ベッドの上で仰向けに寝転がると大きな満月が目に映った。
部屋の天井ほぼ半分を埋め尽くすように貼られている天体写真は、朋也自身が撮影して引き伸ばしたものだ。眠りに就くときも星空を見ていたいという思いから、月をはじめとして様々な星座を撮影して春夏秋冬、季節ごとに貼り替えたりしている。
瞳に映る満月は、紗月と二人で見上げたときと同じように淡く金色に輝いている。彼女は知っているだろうか。
満月は『願望成就』との意味合いもあることを。
あのとき見上げた満月は確かに二人の願いを成就させてくれた。
胸に抱いていた密かな自分の想いを伝えたときも嬉しい言葉が返ってきた。
― 私もそう思っていたわ。あなたのこと、好きになりそうって
もう一度、キチンとした自分の想いを伝えたほうがいいのかもしれない。
大好きだと。
ほんとうに不思議なくらいに素直な気持ちでいられた。何の気負いも抵抗もなく、ありのままの自分でいられたあの夜。そんなふうにもう一度彼女と語り合いたい。そして今の自分の想いを伝えたい。
そんなことを考えているとき部屋にノックの音が響き、返事をする前にドアが勢いよく開いた。
「お義兄ちゃん、もう帰ってたの。今日、デートじゃなかったっけ」
制服姿の美月が顔を覗かせ、いそいそと部屋に入ってきた。
美月はベッドに寝転がっていた朋也の傍に腰を下ろすと、浮かぬ顔立ちをしている義兄の顔を覗き込んだ。
「あーあ、また彼女と口喧嘩でもしたのね? だから帰りが早いんだ。お義兄ちゃんがそんな顔しているときって100%、紗月さんと何かあったなって分かるもの」
からかうような口調だったが、美月の表情は朋也を気遣っていた。ふと目が合うと、美月はにこりと微笑んだ。
「美月は期末の最終日だったんだよな」
話をはぐらかそうとしたが、美月は軽く頷いただけで目を逸らそうともしない。
「全く……。降参、降参。その通りだよ。おまえは心理学者か? 何でもお見通しだな」
まいったな。ここ最近、こいつに心配ばかり掛けさせていると朋也は反省した。
正直、十七歳になった途端に美月はぐっと大人びた。
対等に話が出来るようにもなったし、ときには成る程と唸るようなことも言ってくる。
自分の世界がどんどん広がり、様々なことを吸収していけるこの年頃がいちばん楽しくもあり、全てが充実していく時期だ。
その証拠に美月の瞳はいつも輝いている。曇りひとつない目で自分や周りを見つめている。
それに比べて今の自分は一昔前のようにどうしていいのか分からずに歪み、屈折し始めている。ホントに情けない。更に穴を深く掘り進めたくなるような心境だった。
「どうせお義兄ちゃんが憎まれ口でも叩いたんでしょ。何が原因?」
美月は膝の上に載せてあったカバンを床に置くと、朋也の隣に仔猫のように寝転んだ。
「ねぇ、知ってる? 人って寝転がって話をするほうが素直になれるんだって。分かり合おうとするときはお互いに目を見て話すのがいちばんだけど、自分を曝け出したいときや、素直になりたいときは寝転がって話をすると気持ちが伝えやすくなるんだよ」
美月の言葉にふっとあの夜のことが瞼に浮かんでいた。そうだ、あのときも紗月さんと寝転んで月を眺めながら話をしたんだ。朋也はそんなことを思い出していた。
「よくそんなこと知ってるな。でも、それってどうしてなんだろう」
「あのね、寝転がることで気持ちが落ち着くの。電話とかしているときも、座って話すよりも寝転がって話しているほうが穏やかに会話出来るって経験あるでしょ」
「あぁ……、なるほど。確かにそうだな」
朋也は感心したように呟いていた。
「人っていつも閉鎖されているところで生活しているから、寝転がって手足を大きく広げられる場所や、何処までも遠くが見渡せるところだと、もっと心を解き放つことが出来るんだって。そしていちばん素直になれるのはね、夜空を見上げているときなんだよ」
掘っていた穴の中に一筋の光が差し込んできた。
素直になれずにもがいてもがいて、凹んでいた自分にヒントが与えられたような気がした。
そう、きっかけなんて些細なことなのだ。光に向かって手を伸ばそうとしている自分がいた。
「どうして夜空なんだ。昼間じゃダメなのか」
「それはね、昼間だとどうしても地球という空間に閉じ込められているって本能が働くんだって。でも、夜だとどうかしら? 果てしなく広がる宇宙が見渡せて遙か彼方、何万光年先にある星々の輝きまで見える。遮るものが何ひとつなくなった人の心は解き放たれて素直になれるの」
うん、確かにそうだ。紗月さんのときもそうだったけど、友人たちと語り合ったりするときも昼間より夜に語り合うほうがより親密になれた。ふざけあいながらも、ひとつひとつの言葉を大切に選んで話していた。お互いに自分をもっともっと知って欲しくて、素直な言葉を口にしていた。
真っ直ぐ自宅に帰り、部屋のベッドに倒れこんだ朋也は携帯電話を開いた。紗月からの着信もメールも届いてはいない。
「あの意地っ張り」
そう呟いてはみたものの、その言葉がそっくりそのまま自分に当て嵌まることに気付く。
穴掘って落っこちて、もがくだけじゃ飽き足らず、その穴を自分でより深くしているような気がした。
「バカだな、俺」
ベッドの上で仰向けに寝転がると大きな満月が目に映った。
部屋の天井ほぼ半分を埋め尽くすように貼られている天体写真は、朋也自身が撮影して引き伸ばしたものだ。眠りに就くときも星空を見ていたいという思いから、月をはじめとして様々な星座を撮影して春夏秋冬、季節ごとに貼り替えたりしている。
瞳に映る満月は、紗月と二人で見上げたときと同じように淡く金色に輝いている。彼女は知っているだろうか。
満月は『願望成就』との意味合いもあることを。
あのとき見上げた満月は確かに二人の願いを成就させてくれた。
胸に抱いていた密かな自分の想いを伝えたときも嬉しい言葉が返ってきた。
― 私もそう思っていたわ。あなたのこと、好きになりそうって
もう一度、キチンとした自分の想いを伝えたほうがいいのかもしれない。
大好きだと。
ほんとうに不思議なくらいに素直な気持ちでいられた。何の気負いも抵抗もなく、ありのままの自分でいられたあの夜。そんなふうにもう一度彼女と語り合いたい。そして今の自分の想いを伝えたい。
そんなことを考えているとき部屋にノックの音が響き、返事をする前にドアが勢いよく開いた。
「お義兄ちゃん、もう帰ってたの。今日、デートじゃなかったっけ」
制服姿の美月が顔を覗かせ、いそいそと部屋に入ってきた。
美月はベッドに寝転がっていた朋也の傍に腰を下ろすと、浮かぬ顔立ちをしている義兄の顔を覗き込んだ。
「あーあ、また彼女と口喧嘩でもしたのね? だから帰りが早いんだ。お義兄ちゃんがそんな顔しているときって100%、紗月さんと何かあったなって分かるもの」
からかうような口調だったが、美月の表情は朋也を気遣っていた。ふと目が合うと、美月はにこりと微笑んだ。
「美月は期末の最終日だったんだよな」
話をはぐらかそうとしたが、美月は軽く頷いただけで目を逸らそうともしない。
「全く……。降参、降参。その通りだよ。おまえは心理学者か? 何でもお見通しだな」
まいったな。ここ最近、こいつに心配ばかり掛けさせていると朋也は反省した。
正直、十七歳になった途端に美月はぐっと大人びた。
対等に話が出来るようにもなったし、ときには成る程と唸るようなことも言ってくる。
自分の世界がどんどん広がり、様々なことを吸収していけるこの年頃がいちばん楽しくもあり、全てが充実していく時期だ。
その証拠に美月の瞳はいつも輝いている。曇りひとつない目で自分や周りを見つめている。
それに比べて今の自分は一昔前のようにどうしていいのか分からずに歪み、屈折し始めている。ホントに情けない。更に穴を深く掘り進めたくなるような心境だった。
「どうせお義兄ちゃんが憎まれ口でも叩いたんでしょ。何が原因?」
美月は膝の上に載せてあったカバンを床に置くと、朋也の隣に仔猫のように寝転んだ。
「ねぇ、知ってる? 人って寝転がって話をするほうが素直になれるんだって。分かり合おうとするときはお互いに目を見て話すのがいちばんだけど、自分を曝け出したいときや、素直になりたいときは寝転がって話をすると気持ちが伝えやすくなるんだよ」
美月の言葉にふっとあの夜のことが瞼に浮かんでいた。そうだ、あのときも紗月さんと寝転んで月を眺めながら話をしたんだ。朋也はそんなことを思い出していた。
「よくそんなこと知ってるな。でも、それってどうしてなんだろう」
「あのね、寝転がることで気持ちが落ち着くの。電話とかしているときも、座って話すよりも寝転がって話しているほうが穏やかに会話出来るって経験あるでしょ」
「あぁ……、なるほど。確かにそうだな」
朋也は感心したように呟いていた。
「人っていつも閉鎖されているところで生活しているから、寝転がって手足を大きく広げられる場所や、何処までも遠くが見渡せるところだと、もっと心を解き放つことが出来るんだって。そしていちばん素直になれるのはね、夜空を見上げているときなんだよ」
掘っていた穴の中に一筋の光が差し込んできた。
素直になれずにもがいてもがいて、凹んでいた自分にヒントが与えられたような気がした。
そう、きっかけなんて些細なことなのだ。光に向かって手を伸ばそうとしている自分がいた。
「どうして夜空なんだ。昼間じゃダメなのか」
「それはね、昼間だとどうしても地球という空間に閉じ込められているって本能が働くんだって。でも、夜だとどうかしら? 果てしなく広がる宇宙が見渡せて遙か彼方、何万光年先にある星々の輝きまで見える。遮るものが何ひとつなくなった人の心は解き放たれて素直になれるの」
うん、確かにそうだ。紗月さんのときもそうだったけど、友人たちと語り合ったりするときも昼間より夜に語り合うほうがより親密になれた。ふざけあいながらも、ひとつひとつの言葉を大切に選んで話していた。お互いに自分をもっともっと知って欲しくて、素直な言葉を口にしていた。