激情に目覚めた冷徹外科医は契約妻を蕩けるほどの愛で搦めとる
契約
 カンファレンスルーム内で、テーブルを囲ってスタッフが十数名座っている。
 いるのは、医師、看護師、薬剤師、理学療法士……そして、医療ソーシャルワーカー――通称『MSW』である私、有津萌絵もカンファレンスに参加していた。
『MSW』は、保険医療機関における社会福祉の専門スタッフといった役割を担っている。平たくいうと、患者さんやそのご家族の様々なサポートをする仕事だ。
〝なんでも屋〟みたいなもので、具体的には介護が必要になった患者さんへの、介護サービスや利用制度の説明をしたり、実際に必要に応じた施設を紹介したりといった感じ。
 ほかにも、突然の入院で費用や仕事復帰への不安があれば話を聞いたり、主治医から病状などの説明で不明点があった場合に間に入って確認したりもする。
 橋渡しをする相手はドクターと患者さんの間だけでなく、退院後に利用するための老人ホームやデイサービス、訪問介護事業所など多岐にわたる。
 ちなみに私は現在、病状の緊急度や重症度が高い患者さんを受け入れる急性期病棟を担当している。
「六〇二の木村さんの退院調整はまだ?」
 循環器外科のドクターである月舘洸平医師が、資料に目を落としながら淡々と言い放った。
 それは、あきらかにMSWの私に対して問いかけたものだ。
「昨日ご家族のご意向が変わり、回復期病棟への移動ではなく、転院を希望された関係で、もう少し調整に時間をいただけますか」
「今から? もう日数がないのに」
「承知しております。その旨、ご家族にも伝達はしています。ですが、今後についての決断は重要ですのでわだかまりを作りたくはないんです。もちろん規定期間は守りますので、ご了承いただけませんか?」
 私は月舘先生の圧に臆することなく、即答した。
 すると、彼は「わかった」とひとこと言って、カンファレンスは無事に終了した。
 ほとんどのスタッフが持ち場に戻る中、カンファレンスルームの片づけをしていると、小声で話しかけられる。
「有津さん、あの月舘先生相手によくあんなふうに堂々と意見できるね」
 さっきのカンファレンスに参加していた、女性看護師の前園さんは驚き交じりにそう言った。
「あー……この仕事を続ける秘訣、ですかね」
 私は苦笑いで答えた。
 彼女は私と同い年で二十八歳。でも、この職場で働いている年数的には前園さんのほうが断然先輩だ。
 カンファレンスルームを出た私たちは、廊下を歩きながら話を続ける。
「有津さんって、MSW歴長いんだっけ? たしかうちの病院は三年くらい経つ?」
「はい。二十五でここに来たので。前の職場では二年ちょっとで退職して……半年くらい空白の時期はありましたけど、合わせると五年くらいですかね」
 前園さんに説明した通り、私は大学を卒業して初めに就職した病院を退職し、このせたがや桜総合病院がふたつ目の就職先だ。ちなみに今は、医療相談室に配属されている。
 退職した理由は複合的だったけれど、大きな理由は職場内であまりに都合のいい人間としてぞんざいに扱われていたため。
 MSWの業務には含まれないような指示が増え、自分の存在意義に疑問と不安を抱き、精神的に追い込まれて辞めてしまったのだ。
 そうして、退職後は数週間ゆっくり休養したのち、ボランティア活動などに参加して、社会に取り残されているような不安をどうにか堪えていた。
 その後、ここせたがや桜総合病院と縁があり、前職場を退職してから約半年後に再就職したという運びだ。
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