優しさは、俺だけに
転勤したい。でも、したくない。
心地よい風を感じた。
もう、本当に春なんだなと思う。
気付けば、電車に乗る人たちの上着も、
薄手のものに変わっている。
同じ景色のはずなのに、
少しだけ軽く見えるのが不思議だ。
よしっと、気持ちを切り替えるように、
握った鞄を持ち直し、電車に乗り込んだ。
俺は、森脇 禅。
27歳。金融機関勤務、
入社6年目。
この春、
A支店での転勤有力候補とされている。
同期のほとんどは、すでに転勤している。
送別会で見送る側にいることにも、慣れてしまった。
俺も、ついにその番が来たのかもしれない。
入社してから、
ずっとA支店。
慣れた街、
慣れたお客様、
慣れた空気。
思い入れは、やっぱりある。
でも、
ステップアップするなら、
転勤は必要だ。
頭では、分かっている。
むしろ、それを望んできたはずなのに。
転勤したくない理由も、
ちゃんと分かっている。
3年目、初めて営業に出たとき。
何も分からず、空回りしていた俺に、
一つひとつ、
当たり前のように教えてくれた人がいる。
前川 咲、先輩。
あの人がいたから、今の自分がある。
そう思えるくらいに、
俺の中で大きな存在になっていた。
明後日が転勤発表ではないかと、噂が出てきた。
転勤かどうかは、当日まで分からない。
分かっているのに、どこか落ち着かない。
仕事に集中しているつもりでも、
ふとした瞬間にそのことを考えてしまう。
夕方。
片付けをしていると、後ろから声をかけられた。
「禅君、そろそろ転勤じゃない?」
振り返ると、前川さんがいつもの柔らかい表情で立っていた。
「やっぱり、そうですよね。
結構、落ち着かなくて」
少し苦笑いをすると、前川さんは小さく頷いた。
「私も3年前の転勤の時は、ドキドキしてたよ。
きっと私が転勤だろうなとか、違うかなとか」
その言葉に、少しだけ気持ちが軽くなる。
「転勤したてで、
俺の指導員だったなんて、大変でしたよね」
そう言うと、前川さんはすぐに首を振った。
「そんなことないよ。
初心に戻った感じで、むしろ良かった」
少しだけ間が空く。
書類を揃える手を止めたまま、
次の言葉を待っている自分がいた。
「でも、もし禅君が転勤になったら――」
ふっと視線が合う。
「寂しくなるな…。」
もう、本当に春なんだなと思う。
気付けば、電車に乗る人たちの上着も、
薄手のものに変わっている。
同じ景色のはずなのに、
少しだけ軽く見えるのが不思議だ。
よしっと、気持ちを切り替えるように、
握った鞄を持ち直し、電車に乗り込んだ。
俺は、森脇 禅。
27歳。金融機関勤務、
入社6年目。
この春、
A支店での転勤有力候補とされている。
同期のほとんどは、すでに転勤している。
送別会で見送る側にいることにも、慣れてしまった。
俺も、ついにその番が来たのかもしれない。
入社してから、
ずっとA支店。
慣れた街、
慣れたお客様、
慣れた空気。
思い入れは、やっぱりある。
でも、
ステップアップするなら、
転勤は必要だ。
頭では、分かっている。
むしろ、それを望んできたはずなのに。
転勤したくない理由も、
ちゃんと分かっている。
3年目、初めて営業に出たとき。
何も分からず、空回りしていた俺に、
一つひとつ、
当たり前のように教えてくれた人がいる。
前川 咲、先輩。
あの人がいたから、今の自分がある。
そう思えるくらいに、
俺の中で大きな存在になっていた。
明後日が転勤発表ではないかと、噂が出てきた。
転勤かどうかは、当日まで分からない。
分かっているのに、どこか落ち着かない。
仕事に集中しているつもりでも、
ふとした瞬間にそのことを考えてしまう。
夕方。
片付けをしていると、後ろから声をかけられた。
「禅君、そろそろ転勤じゃない?」
振り返ると、前川さんがいつもの柔らかい表情で立っていた。
「やっぱり、そうですよね。
結構、落ち着かなくて」
少し苦笑いをすると、前川さんは小さく頷いた。
「私も3年前の転勤の時は、ドキドキしてたよ。
きっと私が転勤だろうなとか、違うかなとか」
その言葉に、少しだけ気持ちが軽くなる。
「転勤したてで、
俺の指導員だったなんて、大変でしたよね」
そう言うと、前川さんはすぐに首を振った。
「そんなことないよ。
初心に戻った感じで、むしろ良かった」
少しだけ間が空く。
書類を揃える手を止めたまま、
次の言葉を待っている自分がいた。
「でも、もし禅君が転勤になったら――」
ふっと視線が合う。
「寂しくなるな…。」