優しさは、俺だけに
禅君だけに
店内は少し混んでいたけど、
そんなことは、どうでもよかった。
ただ、続きを聞きたかった。
席に着いて、向かい合う。
さっきまでの軽い空気とは違う。
「……彼と、きちんと話せたんですか」
自然と、そう聞いていた。
前川さんは、ゆっくり頷く。
「うん。ちゃんと話したよ」
少しだけ視線を落として、続けた。
「やっぱりね、
どこかで無理してたんだと思う」
その言葉に、胸がざわつく。
「好きでいようとしてた、っていうか……」
苦笑いを浮かべながら、グラスに手を伸ばす。
「頑張らないと続かない関係って、
やっぱり違うなって思ったの」
その声は、落ち着いていて、
でもどこか少しだけ寂しそうだった。
俺は、何も言わずに頷く。
「だから、ちゃんと終わらせた」
一度言葉を区切って、
ゆっくりと顔を上げる。
そして――
「その上で、もう一回だけ考えたの。
禅君のこと」
まっすぐに見られて、
心臓が強く鳴る。
さっきまでのざわつきとは違う、
別の緊張が、胸の中に広がっていった。
話の続きを、思わず促していた。
「俺のことを、考えてくれたんですか?」
前川さんは、まっすぐ頷く。
「うん。それで――」
一度、言葉を区切ってから、
「禅君だけに、
優しくするのはダメかな」
一瞬、意味が理解できなかった。
――え?
頭の中で、同じ言葉が何度も繰り返される。
驚きと、
驚きと、
驚きが重なって、
声が出てこない。
ただ、前川さんを見つめたまま、固まっていた。
「禅君?」
少し身を乗り出して、顔をのぞき込まれる。
その距離の近さに、ようやく現実に引き戻される。
「……それ、ずるいですよ」
やっと出た言葉は、そんな一言だった。
「え?」
「そんな言い方されたら、
もう逃げられないじゃないですか」
少しだけ苦笑いしながら、息を吐く。
胸の奥が、じんわりと熱くなっていく。
「俺は、最初からそうしてほしかったんで」
そう言って、今度は自分から前川さんを見る。
もう、目を逸らさなかった。
「禅君が転勤して、いなくなって――」
前川さんは、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「ぽかんと、心に穴が空くって、
こういうことを言うのかなって思ったの」
その言葉に、胸が静かに揺れる。
「当たり前のように、いてくれたから」
視線を落としながら、続ける。
「それがね、
禅君が毎日座ってた席を見ると、
違う人が座ってて……禅君がいないの」
一つひとつ、確かめるような言い方だった。
「話したいのに、話しかけたいのに、
いないの」
少しだけ声が震える。
「すごく、寂しくて」
その一言が、まっすぐに届く。
「自分に言い聞かせたの。
禅君の気持ちを踏みにじったのに、
今さら会いたいなんて言えないよねって」
苦笑いを浮かべながら、首を小さく振る。
「何してるんだろう、私って」
その姿を、ただ黙って見ていた。
「でもね、
今度会うことがあったら、
ちゃんと気持ちを伝えようって思ったの」
そう言って、顔を上げる。
まっすぐに、俺を見るその目は、
あの時とは違って、迷いがなかった。
そんなことは、どうでもよかった。
ただ、続きを聞きたかった。
席に着いて、向かい合う。
さっきまでの軽い空気とは違う。
「……彼と、きちんと話せたんですか」
自然と、そう聞いていた。
前川さんは、ゆっくり頷く。
「うん。ちゃんと話したよ」
少しだけ視線を落として、続けた。
「やっぱりね、
どこかで無理してたんだと思う」
その言葉に、胸がざわつく。
「好きでいようとしてた、っていうか……」
苦笑いを浮かべながら、グラスに手を伸ばす。
「頑張らないと続かない関係って、
やっぱり違うなって思ったの」
その声は、落ち着いていて、
でもどこか少しだけ寂しそうだった。
俺は、何も言わずに頷く。
「だから、ちゃんと終わらせた」
一度言葉を区切って、
ゆっくりと顔を上げる。
そして――
「その上で、もう一回だけ考えたの。
禅君のこと」
まっすぐに見られて、
心臓が強く鳴る。
さっきまでのざわつきとは違う、
別の緊張が、胸の中に広がっていった。
話の続きを、思わず促していた。
「俺のことを、考えてくれたんですか?」
前川さんは、まっすぐ頷く。
「うん。それで――」
一度、言葉を区切ってから、
「禅君だけに、
優しくするのはダメかな」
一瞬、意味が理解できなかった。
――え?
頭の中で、同じ言葉が何度も繰り返される。
驚きと、
驚きと、
驚きが重なって、
声が出てこない。
ただ、前川さんを見つめたまま、固まっていた。
「禅君?」
少し身を乗り出して、顔をのぞき込まれる。
その距離の近さに、ようやく現実に引き戻される。
「……それ、ずるいですよ」
やっと出た言葉は、そんな一言だった。
「え?」
「そんな言い方されたら、
もう逃げられないじゃないですか」
少しだけ苦笑いしながら、息を吐く。
胸の奥が、じんわりと熱くなっていく。
「俺は、最初からそうしてほしかったんで」
そう言って、今度は自分から前川さんを見る。
もう、目を逸らさなかった。
「禅君が転勤して、いなくなって――」
前川さんは、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「ぽかんと、心に穴が空くって、
こういうことを言うのかなって思ったの」
その言葉に、胸が静かに揺れる。
「当たり前のように、いてくれたから」
視線を落としながら、続ける。
「それがね、
禅君が毎日座ってた席を見ると、
違う人が座ってて……禅君がいないの」
一つひとつ、確かめるような言い方だった。
「話したいのに、話しかけたいのに、
いないの」
少しだけ声が震える。
「すごく、寂しくて」
その一言が、まっすぐに届く。
「自分に言い聞かせたの。
禅君の気持ちを踏みにじったのに、
今さら会いたいなんて言えないよねって」
苦笑いを浮かべながら、首を小さく振る。
「何してるんだろう、私って」
その姿を、ただ黙って見ていた。
「でもね、
今度会うことがあったら、
ちゃんと気持ちを伝えようって思ったの」
そう言って、顔を上げる。
まっすぐに、俺を見るその目は、
あの時とは違って、迷いがなかった。