想いはきっと痛くない
第八章
「……俺の、本音?」


こちらを見て、驚いた顔をしてから、静かにそう聞いてきた。

だから、頷いた。

話して、くれないかなぁ。とどこかで思いながら。

少しの沈黙が流れた。

電車の通り過ぎる音が大きく耳に届いた。


そして、少ししたら前を向いたまま藤堂くんが口を開いた。


「……恵まれてるってやつか」


そして、ゆっくりと零すように紡がれた。

話すように、というよりかはほんとに零すように。


「……俺、兄がいるんだよね」

「お兄さん」

「そ、自閉症の」


自閉症、その言葉が少し強めに言われた。

でも、声色や表情から、嫌っているというような感じはなかった。


「今となっては、マシだけど、小さい頃はとりあえず癇癪が酷くて」

「うん」

「両親の手が、離せない状態で……夜は両親の愚痴……んー、愚痴ではないのか。なんだろう、文句、でもないなぁ。いや、兄に対しての文句じゃないだけで、自閉症という症状に対しての文句だったのかな。それと、疲弊して泣き崩れる姿。ほんと、消えないよね」


どこか疲れたようにそう話される。

なんて言ったらいいのかわからなくて、黙ってしまった。


「はぁ、別に、俺に対しての時間がないとか、そういう文句じゃなくて……」

「うん」

「俺が、普通の学校はしんどいって、言ったときに……ちゃんと聞いてほしかった。それだけ」


語尾が弱々しく消えていった。

初めて、そんな姿を、声を聴いた。


「そっか」


さっきと同じように風が吹いた。でも、少しだけ、さっきよりも冷たい気がした。


「認めたくなかったんだよ。両親は。俺だけは“普通”がいいんだ」


今度は普通、が強く発された。


「だから、遅刻しても、サボっても、学校から電話が着ても、なかったこととして処理される。怒られることも、心配されることもない」

「……」

「だから、先生もどうにもできない。でも、義務として、俺を出させないといけない。俺は、いたくないのにな」

「……うん」


空を見上げた彼の目が細められた。


「普通って、なんだろうな。俺にとっては、これが普通なのに。兄貴は、あれが普通なのに。両親の普通に、なんで従わないといけないんだ」

「普通……」


普通って、なんだろう。

私にとっては、視線が痛いのが普通で、彼にとっては、言葉が嫌なのが普通。

でも、私が今まで思ってた普通は、きっと「何も気にしないでクラスにいる」こと。
視線なんか気にしないで、保健室登校なんかじゃなくて。

でも、それは……誰かにとっての普通で、私の普通は、視線が怖いこと。

そうだ。普通になりたかったから、できなかったことをしたいって、思ったんだ。


「そっか」

「ん?」

「んーん。きっと、無理に変えて“普通”になろうとしなくていいんだよ」


だって、私は私自身が、藤堂くんは藤堂くん自身が、等身大の普通だから。


「そうだな」
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