隣の席の悪魔【旧版】

卒業

卒業式当日の朝。

教室へ入ると、
机の上に卒業アルバムが置かれていた。

「うわー!!」

「見せて見せて!」

朝から教室は騒がしい。

寄せ書き。

写真。

笑い声。

みんな浮かれてる。

でも。

なんか。

胸の奥だけ、
落ち着かなかった。

私はアルバムを抱えたまま、
ぼんやり窓の外を見る。

ガラッ。

後ろのドアが開く音。

でも。

私はそのまま動かなかった。

その時。

「……おはよ」

低い声。

はっと顔を上げる。

空くん。

え。

いつの間に。

私は慌てて姿勢を正した。

「お、おはよう!」

すると。

空くんが、
少しだけ目を細める。

でも。

何も言わないまま席へ座った。



そのあとも。

私はアルバムを開いたり閉じたりしながら、
ずっとぼーっとしていた。

教室はうるさいのに。

頭の中だけ、
変に静かだった。

その時。

小さく、
ため息。

顔を上げる。

空くん。

そして。

「……星野」

「ん?」

「貸して」

私は慌ててアルバムを差し出した。

空くんは、
隣の席で、
さらさらとペンを走らせる。

静かな音。

私はなんとなく、
その横顔を見ていた。

長いまつ毛。

少しクセのある前髪。

真剣な顔。

窓から入る春の風が、
空くんの髪を揺らす。

その横顔を見ているだけで、
なんか苦しかった。



「はい」

空くんが、
アルバムを閉じて返してくる。

「ありがと!」

私は慌てて受け取る。

でも。

開こうとした瞬間。

空くんが、
ぽつり。

「……今見るな」

え。

顔を上げる。

空くん。

少しだけ視線を逸らしてる。

……照れてる。

分かりやすすぎる。

私は思わず笑った。

「なにそれ!」

「うるさい」

でも。

耳。

赤い。



卒業式。

体育館。

拍手。

校歌。

卒業証書。

全部、
ぼんやりしてる。

ただ。

前の列にいる空くんの背中だけ、
やけに目に入った。

制服の肩。

少し跳ねた髪。

呼ばれて立ち上がる姿。

卒業っていうより。

“当たり前”が、
終わる気がした。



式が終わる。

体育館の拍手が、
少しずつ遠くなる。

渡り廊下。

春の風。

卒業証書。

「空くん」

声をかける。

空くんが、
こっちを見る。

「……なに」

いつもの声。

それだけで、
なんか安心してしまう。

「卒業だね」

「ん」

短い返事。

その時。

空くんが、
ちらっと私の顔を覗いた。

「……泣かなかったんだな」

少しだけ、
意外そうな声。

私は視線を逸らす。

「……空くんこそ」

「泣かない」

「知ってる」

少しだけ笑う。

でも。

次の瞬間。

空くんが、
そっと目を細めた。

「……その顔やめろ」

私は制服の裾を、
ぎゅっと握る。

廊下の窓から、
春の風が吹き込む。

揺れるカーテン。

遠くから聞こえる、
笑い声。

卒業したばかりの学校。

その瞬間。

空くんが、
小さくため息をついた。

そして。

私の頭を、
くしゃっと撫でる。

乱れる前髪。

額に触れる指。

その手が、
やけに優しくて。

一気に、
こみあげてきた。

「っ……」

溢れ出る涙を、
私は慌てて拭う。

その時。

空くんが、
少しだけ眉を寄せる。

困ったみたいに。

そのまま。

何かを堪えるみたいに、
目を細めた。

そして。

優しく笑って。

「……泣きすぎ」

そう言って。

空くんの手が、
もう一度私の髪に触れる。

今度は。

乱れた前髪を整えるみたいに。

ゆっくり。

指先が、
何度か髪を梳いていく。

そのたびに。

さっきまで苦しかった呼吸が、
少しずつほどけていった。

春の風。

揺れるカーテン。

隣に立つ、
空くんの気配。

それが、
やけに近かった。
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