秀麗畏怖極道は甘すぎる

1話 この会で一番怖い男

立花会、雑用新入構成員、冬美さく。
今日も疲れた、早く帰ろ。雑用係だけど雑用を私に押し付けすぎだろ。
と心の中で文句を言いながら廊下を歩く。

俯いてため息をついてエセ関西弁で

「いい加減にしてや」
と小さく独り言をいいながら一突き軽くシャドーパンチをした拳が、トンっと何かに当たった。

白銀の髪、整った顔、淡いブルーの目がさくを見下している。
立花会、若頭、冬美凛音。

「なんやお前。」

「す、すみません。前をよく見ていなくて…。」

さくの持っているノートに“冬美”と書いてあるのが見えた。

「俺も冬美やねん。」

楽しげに、わずかに口角を上げて

「あんたのパンチ、痛かったわぁ。」

と、さくと距離を詰める。

痛い訳ないだろ。とさくは思っている。

「名前、なんて言うん?」

「…さく。」

「ええ名前やな。」

壁に手をついて、逃げ場を塞ぐようにさくの顔を覗き込む。淡いブルーの目が妖しく光る。

「俺は凛音。覚えとき。この会で一番怖い男やで?」

からかうような声色。
だが、その目だけが笑っていなかった。
品定めするように、舐め回すような視線がさくを射抜いている。

「....お前、脅されて震えもないし、怯えもせぇへんのやな。度胸あるんか。」

それとも鈍いだけか。

凛音の心臓が一つ、妙な拍子で跳ねた。

その反応の薄さが癪に障るどころか、もっと引き出してやりたい。
と、厄介な感情の芽が、もう芽吹いていた。

「この世界の事あんま知らんし、怖いとかわからんだけ。」

そう言ってさくは凛音を押し退けた。

押し退けられた肩が僅かに揺れる。
凛音は一瞬、目を丸くした。
それから腹の底から笑いが込み上げてきた。

「なんやそれ、おもろいやん。」

抵抗されたことが余計に火を点けた。
更に踏み込んで、さくとの隙間を埋め直す。

「怖いのわからんだけ、ね。ほな教えたるわ。俺が怖いってこと。」

「どーやって教えるんですか。まさか今からボコボコに殴られるとか勘弁してくださいね。」

押し退けたのに更に距離を詰めて来た凛音を見ながらさくは淡々と言った。

「はは、ボコるわけないやん。女殴る趣味はないわ。」

ほんの数秒の沈黙のあと

「私、怖い人とは関わらへんようにしてんの!やめてや。」

「……そ。さくちゃん、またな。」

凛音はその場を立ち去った。

「関わらない」と言われただけで胸の内側がチリついた気がした。


欲しいものは奪えば済む、それが凛音の人生における法則だった。

なのにあの女は、奪う隙すら見せず、するりといなした。
指の間から砂が零れ落ちるような、奇妙な焦燥感を感じていた。

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