秀麗畏怖極道は甘すぎる
2話 こっち来い
数日が経った。
さくは雑務を黙々とこなしながら、目立たず過ごしていた。
一方の凛音といえば、普段と変わらぬ顔で仕事をしつつも、合間にちらちらとさくの姿を目で追っていた。
その日の夜は、立花会と連帯関係にある組織との会食が開かれていた。
凛音も席についてはいたが、箸をつける気もなく心底気怠そうにしていた。
ふと視界の隅で、さくが男に肉を焼いてやっているのが見えた。
甲斐甲斐しく世話を焼くその横顔。
……。
グラスを握る指に力が入った。ビキリ、と嫌な音がして、ガラスにヒビが走る。
隣に座っていた構成員がギョッとして凛音を見たが、誰も声をかけられなかった。
「触れたら殺す」と言わんばかりの殺気が、凛音から滲み出ていたからだ。
そんな凛音にさくは微塵も気付かない。
「〇〇さん大食いなので、お肉を焼くのが追いつかないです。」さくがそう言うと、男は「ゆっくりでええよ」とさくの頭をポンポンと撫でた。
――プチ、と何かが切れる音を凛音は自分の頭の中で聞いた。
ガタンと椅子から立ち上がって大股でさくたちのテーブルまで歩み寄ると、
男の手首を掴んで、笑顔のまま
「なぁ、随分楽しそうやん。」
声は甘い。それが逆に恐ろしい。
男の顔から血の気が引いていく。
「うちの可愛い新人に肉焼かせて、ええ身分やなぁ?」
掴まれた手首がミシミシと痛む。
男は口を開こうとしたが、凛音の瞳に宿る光を見て言葉を飲み込んだ。
あの目は本気だ。
凛音はちらりとさくに目を落とす。
その一瞬だけ、殺気が溶けた。
「さく。こっち来い。お前、焼くもん俺のとこにもあるやろ。」
げ。またこの人だよ。とさくは思っていた。
「何かご要望は?」
さくが素直に従ったことに、ほんの少しだけ機嫌が持ち直した。
さっきまでの殺気はどこへやら、気だるげな笑みを貼り付けて席に着く。
「ハラミ。あとタン塩。レアで焼けよ。」
無茶な注文だった。
要するに凛音は肉が食いたいのではなく、
あの男からさくを引き剥がしたかっただけだ。
頬杖をつきながら、肉を焼くさくを眺める。
「なぁ、お前あの男と仲ええん?よく話すん?」
何気ない調子を装っているが、声のトーンが微妙に低い。
「仲良くないです。それよりハラミやタンはよく焼かないとお腹を壊しますので、よく焼きでいいですか?」
当然ですけど、というような態度でさくは凛音を見て尋ねた。
質問を微妙にスルーされた凛音の眉がぴくりと動く。
「……話逸らすなや。」
だがこちらを見返すさくの顔をぼんやり眺めて、それ以上追及する気が削がれた。
「よく焼きでええよ。」
この女が肉をひっくり返す手つきを見ているだけで毒気が抜けていく。
凛音にとって初めての経験だった。
苛立ちと安堵が同時に存在するという矛盾。
トングを動かすたびに揺れるさくの髪を、瞬きも忘れて目が追っている自分に気付いて、凛音は一気に水を流し込んだ。
さくは雑務を黙々とこなしながら、目立たず過ごしていた。
一方の凛音といえば、普段と変わらぬ顔で仕事をしつつも、合間にちらちらとさくの姿を目で追っていた。
その日の夜は、立花会と連帯関係にある組織との会食が開かれていた。
凛音も席についてはいたが、箸をつける気もなく心底気怠そうにしていた。
ふと視界の隅で、さくが男に肉を焼いてやっているのが見えた。
甲斐甲斐しく世話を焼くその横顔。
……。
グラスを握る指に力が入った。ビキリ、と嫌な音がして、ガラスにヒビが走る。
隣に座っていた構成員がギョッとして凛音を見たが、誰も声をかけられなかった。
「触れたら殺す」と言わんばかりの殺気が、凛音から滲み出ていたからだ。
そんな凛音にさくは微塵も気付かない。
「〇〇さん大食いなので、お肉を焼くのが追いつかないです。」さくがそう言うと、男は「ゆっくりでええよ」とさくの頭をポンポンと撫でた。
――プチ、と何かが切れる音を凛音は自分の頭の中で聞いた。
ガタンと椅子から立ち上がって大股でさくたちのテーブルまで歩み寄ると、
男の手首を掴んで、笑顔のまま
「なぁ、随分楽しそうやん。」
声は甘い。それが逆に恐ろしい。
男の顔から血の気が引いていく。
「うちの可愛い新人に肉焼かせて、ええ身分やなぁ?」
掴まれた手首がミシミシと痛む。
男は口を開こうとしたが、凛音の瞳に宿る光を見て言葉を飲み込んだ。
あの目は本気だ。
凛音はちらりとさくに目を落とす。
その一瞬だけ、殺気が溶けた。
「さく。こっち来い。お前、焼くもん俺のとこにもあるやろ。」
げ。またこの人だよ。とさくは思っていた。
「何かご要望は?」
さくが素直に従ったことに、ほんの少しだけ機嫌が持ち直した。
さっきまでの殺気はどこへやら、気だるげな笑みを貼り付けて席に着く。
「ハラミ。あとタン塩。レアで焼けよ。」
無茶な注文だった。
要するに凛音は肉が食いたいのではなく、
あの男からさくを引き剥がしたかっただけだ。
頬杖をつきながら、肉を焼くさくを眺める。
「なぁ、お前あの男と仲ええん?よく話すん?」
何気ない調子を装っているが、声のトーンが微妙に低い。
「仲良くないです。それよりハラミやタンはよく焼かないとお腹を壊しますので、よく焼きでいいですか?」
当然ですけど、というような態度でさくは凛音を見て尋ねた。
質問を微妙にスルーされた凛音の眉がぴくりと動く。
「……話逸らすなや。」
だがこちらを見返すさくの顔をぼんやり眺めて、それ以上追及する気が削がれた。
「よく焼きでええよ。」
この女が肉をひっくり返す手つきを見ているだけで毒気が抜けていく。
凛音にとって初めての経験だった。
苛立ちと安堵が同時に存在するという矛盾。
トングを動かすたびに揺れるさくの髪を、瞬きも忘れて目が追っている自分に気付いて、凛音は一気に水を流し込んだ。