白紙のノートに、君だけが残した筆圧のメッセージ

結:二人ぼっちじゃない未来


「あー、ヤバイヤバイヤバイ……」
「ノアちゃん、口はよく動くのに、手の動きはぱったりと止まってますわよ」
「もう、うるさいなあ。リンは本当にお姉さんみたいだなあ……といってもウチにはバカ兄貴しかいないけど」
「英語、危機的状況なんですよね?」
「わかってますってば」

 学校の図書室。私は期末試験の赤点回避に向けて、リンに絶大なる支援を仰いでいる。彼女がこの学校に転校してきれくれて本当に助かっている。
 彼女の耳につけているイヤーカフのトンボが揺れた。
「ねえ、リン、一つ聞いていい?」
「今さらなんですの? もう何問も教えて差し上げてますのに」
「いやそうじゃなくて……あのさ、なんで私たち、お揃いのイヤーカフを着けてるんだっけ?」
「それは、二人で一緒に選んだからありません?」
「そりゃそうだけど、それっていつ? リンは今年の春に転校してきたばっかだよ」
「ワタクシもよく覚えてませんが、今は過去のことよりも、未来のことを考えませんと」

「未来? ……未来か」
「そう、目の前にある未来、期末試験を」
「そんな話ですか……」

 だいたいなんで期末試験の勉強でここまで切羽詰まってるんだっけ? どうもつい最近の過去のことまで忘れてしまってるような気がする。

「あれ、ケシゴムがないや……教室に忘れたかな? リンのケシゴム、ちょっと貸して」
「はいどうぞ……あ、ほらここも間違ってる」
「……ご指摘ありがとうございます」
 私は、リンの指摘箇所も含め、スペルミスした英単語を消す。

「おー、このケシゴム、よく消えるね」
「え、それって中高生はよく使っているトンボのMOMOですけど」
「そう? ほら真っ白」
「そうね、でもあなた、ずいぶん筆圧が強いのね……ほら、スペルミスの証拠がくっきりと残ってますよ」
「筆圧が強いとその跡がうっすらと残る……どこかで聞いたことがあるような」
「……今日のノアちゃんってなんかおかしいですよ、だいたいほら、『うっすら』なんてものじゃないですよ」

 間違いを消したはずなのに、ノートには必死に書いた自分の跡が残っている。それがなんだか愛おしい。
 そこに涙がポタリと落ちる。
「ねえ、なんで泣いてますの?」
「わかんない……そういうリンだってもらい泣きしてるくせに」
「してませんわ……グスン」
「ほらしてる」

 そんなやりとりをしていたら、誰もいない自習コーナーの入り口にいつの間にか女子生徒が一人立っていた。

「あの……二年三組の方ですか?」
「そうだけど?」
 小柄でセミロングの黒髪の子。見たことあるような無いような。
「あ、わたし、中野結衣って言います……もう何ヶ月か前にこの中学に転校してきたんですけど、病気やらなんやらでずっと休んでて」
「ああ、そう言えば、確かゴールデンウィーク明けにリンと一緒にクラスに入って来た子がいたような」
「そうです。明日から登校するので、母と職員室にあいさつに行ったら、図書室で特訓しているクラスメイトがいるって、担任の山村先生に聞いて……そのいきなり中間試験なので教えてもらえればと思って……」
「ああ、いいよいいよ、私からは、なにも教えられることはないけどね、ここに座っておられる九条凛子様がガリ勉の優等生なので、懇切丁寧に教えてくださるであろう!」
「こら! ガリ勉は余計ですわ……中野さんでしたっけ? よかったら一緒に勉強しましょう。どうぞこちらにおかけになって」
「はい、ありがとうございます!」

 そう嬉しそうに返事して彼女は学生カバンを開けた。 テーブルに置かれた教科書やノートに混ざって、一冊の雑誌がちらっと目に入った。
「これ、ネットで使う機器の雑誌」
「ああ、そうなんです……実は私、VTberというのをやってまして、まだまだ扱い方がよくわからない機材もあるので勉強してるんです……あ、VTberの方もしばらくお休みしていましたが、先生に一応了解いただいたので、また始めることにしました」
「へえすごい! ねえどのチャンネルか教えてくれる?」
「いいですけど、一応『中の人』のことは内緒にしておいてくださいね」
「中の人が、中野さんかあ!」
「こら、そんなオヤジギャグ飛ばさないの!」
 中野さんは笑いながらスマホを取り出し、アプリをタップして画面を表示してくれた。

「へえ、『シャ・ノアール、屋根の上の世間話』っていうのか……自分のスマホで探してブクマしておこう」
「わあ、このアバター可愛いですわね、キュンキュンしますわ」

「いろんなコーナーがあるんだね、この『黒猫の嗅覚』って面白そう!」
 そう言って私は動画のアイコンをタップさせてもらった。
「あ、これ、転校前の中学でアニメの制作会社に勤めているOBの方がいたんで、業界裏話を聞いたときのものです……戦うヒロインもので『エトワとエクリ』っていうシリーズがあったんですけど、覚えてます?」

 私とリンは顔を見合わせる。
「ごめん、覚えてないなあ」
「確かそういうのがあったような、ないような……」
「そうなんですよね、周りの人に聞いてもだいたいそんな感じで」
「で、どんな取材だったの?」
「実はこのアニメ、最終回直前で打ち切りになっちゃって、その真相を聞きにいったんですけど」
「おー、切り込んでくるねえ!」

「で、どんな理由だったんでしょう?」
「ネットではあまり詳しいことは書いてないんですけど、どうやら、プロデューサーさんと監督さんが最終回の落としどころをどうするか、意見が対立しちゃって、なかなか結論がでないので……結局、総集編の前編と後編でおしまいにしちゃったらしいです」

「ふーん、大人の事情ってやつだね」
「そうですね。わたしも、もっとドラマチックな秘話があるのかと思ってたんですけどね」
「そのプロデューサーさんと監督さん、それぞれどんな結末を考えていたのか知りたいところではありますね」
「そうだね、ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか……あるいはメリーメリーハッピーエンドなのか」
「さすがにバッドエンドはないのではないでしょうか」
「ごめんなさい、さすがにそこまで突っ込んで聞けませんでした……」

「あらっ、あと三十分で図書室閉まっちゃいますよ」
「わ、ごめんなさい! わたしが余計な話をしちゃったから……」
「さあ勉強勉強、赤点回避!」



 まだ書きかけの物語。奏でよう……一緒に。


(了)
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