トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
「はぁぁぁ……」

「心臓止まるかと思った……」

育成ドクターの先生がその場へ座り込むように息を吐く。

ヘルメットを外す音。

手袋を外す音。

さっきまで張り詰めていた空気が、少しずつ解けていく。

でも指導者側の空気はまだ終わっていなかった。

「はい、じゃ振り返ります」

森崎さんがホワイトボードの前へ立つ。

その瞬間。

空気がまた少し引き締まった。

育成メンバーたちも自然と姿勢を正す。

森崎さんはペンを回しながら、まず全体を見渡した。

「まずな、対応力はさすがの一言」

「ただ」

その一言で、また全員の顔が引き締まった。

「CPAって聞いた瞬間」

「“蘇生しな”だけになった人、何人かいました」

誰も喋らない。

森崎さんは静かに続ける。

「現場って、“患者だけ”見た瞬間危ないんです」

「場所、周囲、人の配置、逃げ道、全部込みで現場なんで」

その言葉が重く落ちる。

西国先生も腕を組みながら頷いた。

「病院のCPAと、プレホスピタルのCPAは別物だ」

低い声。

現場を知る人の声。

「病院なら安全はある程度守られてる」

「でも外は違う」

「自分たちで安全作らなきゃいけない」

育成メンバーたちは真剣に聞いていた。

さっきの“死亡”判定が、かなり響いてるんだと思う。

すると森崎さんが橘さんを見る。

「橘さん」

「……はい」

「動き自体はかなり良かったです」

「観察も出来てた」

「ただ」

一瞬空気が止まる。

「突っ込みすぎ」

静かな声。

でもハッキリしていた。

橘さんが小さく息を呑む。

「多分、“早く助けたい”が強いんやと思う」

「それ自体は悪いことちゃいます」

「でもフライトって、助ける側が冷静失った瞬間終わるんです」

橘さんは黙ったまま聞いていた。

悔しそうだった。

でも反論はしない。

ちゃんと自分でも分かってるんだと思う。

すると今度は西国先生が口を開く。

「現場で一番怖いのは、“焦ってる自覚ない人間”だ」

部屋が静まり返る。

「焦ってる人間は、視野が狭くなる」

「判断が単純になる」

「そして、自分では気づけない」

その言葉は、育成メンバー全員へ向けられていた。

私はその横で静かに聞いていた。

本当に、その通りだと思う。

焦りは伝染する。

現場の空気を壊す。

だからこそ、冷静でいなきゃいけない。

すると森崎さんが、今度は全員を見渡した。

「逆に、今日よかったんは」

ホワイトボードへペン先を向ける。

「途中でちゃんと立て直せたこと」

その言葉に、育成メンバーたちが少し顔を上げる。

「一回空気崩れましたよね」

「でも、そのあとちゃんと役割整理できた」

「パニック引きずらへんかった」

そこは確かに良かった。

現場は崩れる。

想定外も起きる。

でも、そこから戻せるかが大事なんだ。

神波さんも笑いながら頷く。

「最初から完璧な人なんかいないからね」

「そのためのフライトシュミレーションだし」

その言葉に、少しだけ空気が柔らかくなる。

すると。

「……すみませんでした」

橘さんがぽつりと言った。

視線は前のまま。

でも声は真剣だった。

「周り見えてませんでした」

静かな声。

森崎さんは少しだけ笑う。

「ええんです。ここで気づけたら」

その返しが、すごく自然だった。

責めるんじゃなく。

ちゃんと次へ繋げる言い方。

だから育成メンバーたちも、ちゃんと前を向けるんだと思う。

すると森崎さんが、ぱんっと手を叩く。

「はい!」

「じゃ次いきましょか!」

「次の症例は外傷です!」

その瞬間。

「うわぁ……」

「しんど……」

育成メンバーたちから小さな悲鳴が漏れる。

「次は神波ナースペアで」

神波さんが笑う。

「さあ、行こうか」

「…はい」
 
育成看護師の子は緊張した面持ちだ。

私は一息つく。

——まだ始まったばかり。

このプロジェクトは。

本当の意味で、“現場で動ける人間”を育てるための場所なんだと。

改めて実感していた。
< 104 / 242 >

この作品をシェア

pagetop