トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
『——次症例、開始します』

アナウンスが流れる。

さっきまで少し緩んでいた空気が、また一気に張り詰めた。

「次は神波ナースペアと」

「ドクター側は、もう一度西国先生と桐谷先生ペア」

「はい」

西国先生が短く返事をする。

その隣で、育成ドクターの桐谷先生が小さく深呼吸した。

まだ若い。

でも知識量はかなりあるタイプ。

ただ、実践経験はこれから——そんな空気がある。

神波さんはそんな二人を見て、柔らかく笑った。

「じゃ、みんなで行こうか」

今回の症例ボードが表示される。

【高速道路多重事故】
【胸部外傷】
【広域搬送】
【搬送先未確定】

その瞬間。

指導者側の空気も少し変わった。

広域搬送。

それは、神波さんが最も得意とする分野だった。

香川県で長年フライトに乗ってきた神波さんは、長距離搬送経験が圧倒的に多い。

“どこへ運ぶか”

“どこなら助かるか”

それを考え続ける現場。

『現着まで2分!』

アナウンス。

真壁くんが資料を握り直す。

桐谷先生も、明らかに緊張していた。

すると神波さんが笑う。

「大丈夫」

「最初から完璧な人いないから」

その言葉で、少しだけ空気が柔らかくなる。

『現着!』

4人が現場エリアへ入る。

そこには事故車両を再現したセット。

患者役マネキンは20代男性。

胸部打撲。左下腿変形。SpO₂低下。血圧低下。呼吸苦。

さらに。

『最寄り三次救命、受け入れ困難』

追加情報。空気が変わる。

真壁くんが小さく息を呑む。

「搬送先ない……?」

その時。

「まず患者評価」

西国先生が低い声で言う。

一気に空気が締まる。

「桐谷先生、Primary」

「はい!」

桐谷先生がすぐ患者へ向かう。

「Airway開通!」

「Breathing……左呼吸音減弱!」

「SpO₂82!」

声が少し上擦る。

すると西国先生が即座に返す。

「何疑う」

「……緊張性気胸!」

「じゃあどうする」

「減圧です!」

「やれ」

短い。でも無駄がない。

桐谷先生が処置へ入る。

その横で神波さんはすでに別の動きをしていた。

「真壁くん、搬送時間確認」

「受け入れ候補、第二エリアまで広げよう」

「え、はい!」

「あと高速状況も」

処置だけじゃない。

“どこへ運ぶか”を同時に組み立てている。

私はその様子を見ながら、小さく息を呑む。

……広い。視野が。

しかも西国先生も完全に同じ視点だった。

「桐谷先生」

「はい!」

「この患者、近場こだわると死ぬぞ」

「……!」

「手術できる場所へ飛ばす」

「そのために今何必要か考えろ」

桐谷先生の表情が変わる。

ただ処置するだけじゃない。

“助かる場所へ繋ぐ”までがフライトなんだ。

その間にも神波さんは静かに現場を整理していく。

「真壁くん、患者固定優先」

「ヘリ収容まで揺れるからね」

「はい!」

「あと、今焦ってる?」

「……ちょっと」

真壁くんが苦笑する。

すると神波さんが笑った。

「いいよ、みんな最初そうだから」

「でも焦ると周り見えなくなるから落ち着こう」

その声が落ち着いているから、不思議と周囲も落ち着いていく。

一方で桐谷先生は減圧処置へ入っていた。

少し手が震えている。

でも。

「確認しながらでいい」

西国先生が静かに言う。

「雑になる方が危ない」

その一言で、桐谷先生が呼吸を整える。

「……入ります!」

処置成功。

SpO₂が少し戻る。

その瞬間。

西国先生が頷いた。

「よし」

「じゃ次」

止まらない。

常に次を考えている。

その空気が完全に“現場”だった。

そして。

『搬送先確保』

アナウンス。

真壁くんがほっと息を吐く。

桐谷先生も、額の汗を拭った。

「はい終了〜さすがですー」

森崎さんの言葉で張り詰めていた空気が解ける。

その瞬間神波さんがヘルメットを外しながら笑う。

「お疲れさま」

そう言って、育成メンバーたちを見る。

そして続ける。

「広域搬送ってね、“どこで助けるか”を考える仕事なんだ」

西国先生も腕を組みながら続けた。

「病院前で完結する医療なんかない」

「繋ぐところまで含めて救命だ」

その言葉が、静かに部屋へ落ちる。

私はその光景を見ながら思っていた。

同じフライトでも、指導者ごとに全然色が違う。

森崎さんは現場統率。

斉賀さんは分析力。

神波さんは広域搬送。

西国先生は極限状態での判断力。

そしてその全部を、育成メンバーたちは今吸収している。

すごいプロジェクトだと思うと同時に

このプロジェクトを受けられる育成ナースたちを羨ましくも思った。

< 105 / 242 >

この作品をシェア

pagetop