トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
その時。

静まり返っていた廊下に、突然パタパタと慌ただしい足音が響いた。

全員の視線が、一斉にそちらへ向く。

エレベーター前。

息を切らしながら走ってきたのは、若い男女だった。

女の子の方は髪も少し乱れていて、目には涙がいっぱい溜まっている。

それでも必死に前を向いていた。

男の方は帽子を深く被っていたけれど。

それでも隠しきれていなかった。

異様なくらい整った顔立ち。

空気感。

そして。

こんな状況やのに、一瞬で分かってしまう存在感。

「あの……!」

女の子の声が震える。

「一ノ瀬紗凪は……っ」

息が上手く吸えてへんのか、言葉が途切れる。

俺は目の前の男を見て、息を呑んだ。

……いや。

嘘やろ。

頭が、一瞬理解を拒否する。

だって。

そこに立ってたんは。

今、日本で知らん人間おらんくらいのトップアイドル。

黒騎士のセンター。

佐野陽貴やったから。

一瞬、周囲の空気もざわつく。

「あれ……」

「え、嘘……」

「佐野陽貴……?」

スタッフたちの小さな声。

でも。

本人はそんな周囲なんかまるで見えてへんかった。

帽子の下の顔は真っ青で。

呼吸も浅い。

今にも倒れそうな顔してるくせに、必死に立ってる。

まさか…紗凪ちゃんの彼氏って…?

まじかいな…

もう一度佐野陽貴を見る。

その視線は、真っ直ぐ手術室へ向いていた。

俺は数秒遅れて、ようやく口を開く。

「…一ノ瀬…紗凪さんの、ご家族の方ですか」

すると女の子が慌てて首を振った。

「親友です……!」

涙声。

でもその横で。

佐野陽貴は何も言わへん。

ただ。

赤いランプを見た瞬間。

その表情が、ゆっくり崩れていく。

「……まだ、終わってないんですか」

掠れた声やった。

俺は言葉に詰まる。

軽々しく“大丈夫”なんて言えへん。

そんな状態ちゃう。

その沈黙だけで、全部伝わったんやと思う。

佐野陽貴の喉が、小さく上下する。

目が、揺れてる。

でも泣かへん。

いや。

泣けへんのかもしれへん。

怖すぎて。

現実味がなさすぎて。

感情が追いついてへん顔やった。

その横で、女の子——は涙を堪えながら聞く。

「……容態、は……?」

俺は一度目を閉じてから、ゆっくり答える。

「かなり重症です」

その瞬間。

梓さんの目から涙が溢れた。

口元を押さえて、崩れそうになる。

でも。

佐野陽貴だけは動かへんかった。

ただ。

じっと手術室のランプを見つめたまま。

小さく。

ほんまに小さく呟く。

「……紗凪」

その声が。

あまりにも苦しくて。

胸が痛かった。
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