トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
誰も、次の言葉を見つけられなかった。

手術室前の空気は重く沈んだまま。

聞こえるのは、遠くのモニター音とスタッフの足音だけ。

梓さんは俯いたまま、何度も涙を拭っていた。

でも拭っても拭っても、次から次へ溢れてくる。

「……昨日も」

ぽつりと零れる。

「昨日も普通に連絡取ってたのに……」

掠れた声。

「“今日もフライト頑張る”って……」

その言葉に、胸が苦しくなる。

ほんまに、数時間前までは普通やったんや。

誰も。

こんなことになるなんて思ってへんかった。

その時だった。

ずっと黙っていた陽貴が、口を開いた。

「……会えますか。紗凪に…」

低い声。

でも。

その声は少し震えていた。

俺はゆっくり首を横に振る。

「……まだオペ中なんで」

陽貴はそれ以上何も言わへんかった。

ただ、小さく頷くだけ。

その横顔が、痛いくらい静かやった。

テレビで見る姿とは全然違う。

キラキラしたアイドルなんかやない。

ただ。

大事な人が死にそうで、どうしていいか分からん男の顔やった。

すると梓さんが、急に顔を上げる。

「一緒に乗っていた方は…?」

その名前に、空気が少し止まる。

俺は数秒迷ったあと、静かに答えた。

「……います」

少し離れた待機椅子。

そこに橘さんは座っていた。

さっきから一度も動いてへん。

顔色は真っ白。

目の焦点も少し危うい。

でも。

逃げるみたいに席を外すことだけはせぇへんかった。

梓さんも、その姿を見た瞬間、全部察したんやと思う。

小さく息を呑む。

「……現場、一緒だったんですね」

俺は頷く。

その時。

橘さんがゆっくり立ち上がった。

足元が少しふらついている。

それでも、真っ直ぐこっちへ来る。

そして。

陽貴と梓さんの前で、深く頭を下げた。

「……申し訳ありませんでした」

掠れた声。

「全部、私の判断ミスです」

空気が凍る。

梓さんの目が揺れる。

でも。

佐野陽貴だけは何も言わへんかった。

橘さんは頭を下げたまま続ける。

「一ノ瀬さんが、私を庇って……」

そこから先、声にならなくなる。

肩が震えていた。

多分ずっと耐えてたんやろな。

でも。

その時だった。

「……紗凪は」

陽貴が静かに口を開く。

全員の視線が向く。

帽子の影で表情はよく見えへん。

でもその声だけは、不思議なくらい落ち着いていて。

「人庇う時、迷わないから」

橘さんがゆっくり顔を上げる。

陽貴は赤いランプを見たまま続けた。

「多分、考えるより先に身体動いたんだと思う」

その声が、やけに静かで。

逆に苦しかった。

「だから……」

そこで初めて、陽貴の声が少しだけ掠れる。

「自分を責めないでください」

橘さんの目から、ぼろっと涙が落ちた。

ずっと張ってた糸が切れたみたいに。

「……っ、ごめんなさい……」

その場で崩れるように泣き出す。

梓さんも目を潤ませながら唇を噛んだ。

俺はその光景を見ながら、強く拳を握る。

誰も悪気なんかなかった。

助けたかっただけや。

でも。

現場って、一歩間違えたらこうなる。

それが救命やから。

その時だった。

ガタンッ——

突然。

手術室の扉が開く音がした。

全員が一斉に顔を上げる。

空気が止まる。

赤いランプが——消えていた。
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