トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
結局。

陽貴さんは、お母さんに半ば押し切られるみたいな形で、ちゃんとご飯を食べた。

最初は全然箸が進まなかったのに。

「紗凪なら絶対怒るわよ」

お母さんがそう言うと、少し困ったみたいに笑ってちゃんと口へ運んでいた。

食べ終わったあと。

「少しだけでもシャワー浴びてきなさい」

そう言われて、陽貴さんは院内の患者家族専用シャワー室へ向かった。

その背中を見送って。

私はふっと息を吐く。

ようやく少しだけ、人間らしい顔色になってきた気がした。

「……梓ちゃん」

隣から優しい声。

振り返ると、紗凪のお母さんが柔らかく笑っていた。

「久しぶりね」

「はい……」

私も自然と笑ってしまう。

本当に久しぶりだった。

近くで見ると、相変わらず綺麗だった。

紗凪のお母さん。

柔らかい巻き髪。

透き通るみたいな肌。

落ち着いた雰囲気。

とてもじゃないけど50代前半には見えない。

紗凪があの顔なの、そりゃ納得する。

昔から思ってたけど、本当に美人親子だ。

お母さんは私を見ると、少し目を細めた。

「梓ちゃんも、すっかり大人になったわねぇ」

「もう立派な看護師さんだもの」

「いえ……」

そう返した瞬間。

お母さんが、そっと頭を下げた。

「紗凪のそばにいてくれてありがとう」

私は目を見開く。

「ずっと仲良くしてくれて」

「今日も、すぐ大阪まで来てくれて」

その声が、本当に優しかった。

胸がぎゅっとなる。

「……そんな」

「私、何もできなくて」

本音だった。

ERのナースなのに。

親友なのに。

今の紗凪にしてあげられることなんて、何もない。

そう思ってしまう。

でもお母さんはゆっくり首を横に振った。

「そんなことないわ」

「紗凪、昔から梓ちゃんの話たくさんしてたもの」

私は少し驚く。

「……そうなんですか?」

「うん」

お母さんがくすっと笑う。

「“梓がね”って、しょっちゅう」

「学生の頃からずっと」

その言葉に、胸が熱くなる。

お母さんは少しだけ視線をシャワー室の方へ向けた。


そして。

「あの子って……」

少し声を落とす。

「アイドルの子よね?」

私は一瞬目を瞬く。

でも、すぐ頷いた。

「……はい」

「黒騎士の、佐野陽貴さんです」

その瞬間。

お母さんが「やっぱり」と小さく笑った。

「私でも知ってるもの」

「世界中どこ行っても、広告とか曲とか流れてるでしょう?」

その言葉に、私は少しだけ苦笑する。

確かに。黒騎士は今、日本だけじゃない。

海外人気もかなり高い。

お母さんは頬へ手を添えながら、しみじみと言った。

「すごい子と出会ったのねぇ、紗凪」

その言い方に、嫌な感じは一つもなかった。

むしろ“娘が大事にされてる”

そう感じてるみたいな声だった。

私は小さく息を吐く。

「……すごく、紗凪のこと大事にしてます」

その言葉に、お母さんが静かに頷いた。

「見てたら分かるわ」

「本当に好きなのね」

優しい声だった。

「紗凪もきっと、同じくらい大好きなんでしょうね」

そう言って優しく微笑む。
< 140 / 242 >

この作品をシェア

pagetop