トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
それから程なくして。

黒瀬さんが、小さく時間を確認した。

「……そろそろ出ないと間に合わない」

その言葉でまた部屋の空気が少しだけ重くなる。

陽貴さんは何も答えない。

ただ、紗凪の手を握ったまま。

まるで少しでも長く体温を覚えていたいみたいに。

紗凪も、ぼんやりした意識の中でその手を握り返している。

その姿があまりにも切なくて。

私は胸の奥がぎゅっと苦しくなった。

「陽貴くん」

お母さんが、そっと声をかける。

「紗凪なら大丈夫」

優しい声だった。

「この子、昔からびっくりするくらい強いの」

お父さんも静かに頷く。

「一回決めたら、絶対戻ってくる子だから」

その言葉に陽貴さんが、ようやく少しだけ笑った。

泣きそうな、弱々しい笑顔。

「……そうですね」

掠れた声。

その時。

ベッドの上の紗凪が、小さく眉を寄せた。

「……っ」

まだ声にはならない。

でも何か伝えようとしてる。

陽貴さんがすぐ顔を近づける。

「どうした?」

「苦しい?」

紗凪は小さく首を横に振る。

そして。

何かを書く動作をする。

何かを伝えたいのだと察した私はペンと紙を紗凪の元へ持って行く

震える手で紗凪はこう書いた。

〈はるきくんだいすき〉と。

全員が息を呑んだ。

陽貴さんの目が大きく揺れる。

紗凪は、必死に言葉を繋ぐ。

〈わたしはだいじょうぶ〉

そして陽貴さんの顔を見て優しく微笑んだ。

陽貴さんが、とうとう耐えきれなくなったみたいに俯いた。

肩が小さく震えている。

「……無理だって」

笑いながら泣いてるみたいな声。

「そんな状態で言うなよ……」

紗凪は薄く目を開けたまま、また小さく頷いた。

その姿があまりにも紗凪らしくて。

私は思わず目頭が熱くなる。

本当に。

最後まで人のことばっかり。

陽貴さんはしばらく何も言えなかった。

でもやがて。

ゆっくり紗凪の額へ触れる。

そして。

「……ちゃんと戻ってくるから」

今度は、少しだけしっかりした声だった。

「だから、それまでちゃんと寝て待ってて」

紗凪もコクコクト頷く。

陽貴さんは、最後にもう一度だけ強く手を握る。

それから何度も振り返りながら、ICU個室を出ていった。

扉が閉まる直前まで。

視線はずっと、紗凪から離れなかった。
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