トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
「……紗凪ちゃん?」

聞き慣れた声だった。

ゆっくりと振り返る。

そこに立っていたのは、森崎さんだった。

フライト終わりなんだと思う。

少し乱れた髪。

首元へ下げたヘッドセット。

まだフライトスーツ姿のまま。

額にはうっすら汗も残っていた。

きっと戻ってきたばかりだったんだろう。

でも私の顔を見た瞬間。

森崎さんの表情が変わった。

「……紗凪ちゃん?」

目を見開く。

明らかに、動揺した顔。

私は慌てて涙を拭う。

「ち、ちが……」

誤魔化そうとした瞬間。

また涙が溢れた。

最悪だ。

森崎さんは数秒その場で固まったあと、すぐ私のところまで来た。

「どないしたん」

いつもより低い声。

私は首を横に振る。

「…なんでも、ないんです」

声が震えてしまった。

説得力なんて全然ない。

森崎さんが眉を寄せる。

「なんでもなくて、そんな泣かんやろ」

優しい声だった。

責める感じなんて一つもない。

それが余計に涙腺を壊した。

私は俯く。

「……っ」

うまく息が吸えない。

森崎さんは少し黙ってから、静かに点滴台へ手を添えた。

そして。

「座る?」

中庭のベンチを指差す。

私は小さく頷いた。

ゆっくりベンチへ座る。

森崎さんも隣へ腰掛けた。

少しだけ距離を空けて。

無理に聞き出そうとはしない。

その優しさが、また苦しかった。

風が吹く。

遠くで、またヘリの音が聞こえた。

その瞬間。

胸がぎゅっと締め付けられる。

私は思わず空を見上げた。

森崎さんはそんな私を見て、小さく息を吐く。

「……ヘリ、乗りたなった?」

その言葉に。

私は、何も言えなくなった。

図星だったから。

唇を噛む。

すると森崎さんが静かに続けた。

「焦るよな」

「周り動いてるのに、自分だけ止まってるみたいで」

私はゆっくり俯いた。

「……みんな、頑張ってるのに」

掠れた声。

「わたし、なんも……できてなくて……」

「橘さんも、まだ……」

そこまで言って。

また涙が溢れる。

「わたしが……行ったから……」

その瞬間。

森崎さんが、はっきり首を横に振った。

「違う」

少し強い声だった。

私は目を見開く。

森崎さんは真っ直ぐ私を見る。

「誰も、一ノ瀬さんのせいやなんて思ってへん」

「橘さんも」

「西国先生も」

「俺も」

「誰一人」

その目が、あまりにも真っ直ぐで。

私は言葉を失う。

森崎さんは少しだけ困ったみたいに笑った。

「むしろみんな、“生きててくれてよかった”しか思ってへんよ」

その言葉に。

胸の奥が、じわっと熱くなる。

涙は止まらなかった。

私は小さく呟く。

「……でも、怖いです」

「戻れなかったらって」

「また飛べなかったらって」

「陽貴くんとも、ちゃんと……」

最後まで言えなかった。

森崎さんは静かに聞いていた。

否定もしない。

ただ隣で。

ちゃんと聞いてくれていた。

そして。

ぽつりと、小さく言う。

「……頑張りすぎやねん」

私はゆっくり顔を上げる。

森崎さんは苦笑した。

「紗凪ちゃんって、ほんま何でも一人で抱え込むから」

「もっと弱音吐いてええのに」

その言葉に。

張ってた糸が、また切れそうになる。

森崎さんは少し迷うみたいに視線を逸らして。

それから。

そっと。

私の頭へ手を置いた。

「ちゃんと戻れる」

優しい声。

「俺ら待ってるから」

その手の温かさに。

私はまた、子供みたいに泣いてしまった。
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