トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
俯いたまま。

しばらく何も言わない。

静かな会議室。

遠くで聞こえるERの音だけが、微かに響いていた。

やがて。

橘さんが、震える声で口を開く。

「……私も」

小さな声。

消えてしまいそうなくらい弱い声だった。

「戻りたい、です」

私は静かに顔を上げる。

橘さんは涙を拭いながら、必死に言葉を続けた。

「また飛びたい」

「また、みんなと現場行きたい」

「一ノ瀬さんとも……また、乗りたいです」

その瞬間。

胸の奥が、じわっと熱くなる。

私は小さく笑った。

「……うん」

すると橘さんが、また泣きそうに顔を歪める。

「でも怖いんです……!」

「ヘリの音聞くと、あの日思い出して」

「一ノ瀬さんが倒れた瞬間とか」

「血とか……」

呼吸が乱れ始める。

私は慌てて椅子を少し近づけた。

「橘さん」

「大丈夫」

「今、ここ会議室だから」

「ヘリも飛んでない」

ゆっくり声をかける。

橘さんは必死に呼吸を整えながら、小さく頷いた。

私はその姿を見ながら、静かに言った。

「怖くなくなるまで、待つよ」

橘さんが、ゆっくり顔を上げる。

「……え」

「無理に乗らなくていい」

「今すぐ戻らなくてもいい」

「でも」

私は少し笑った。

「橘さん、ちゃんと“戻りたい”って思えてる」

「それ、すごく大事だと思う」

その言葉に。

橘さんの目から、また涙が落ちた。

「……一ノ瀬さん」

「ん?」

「なんで、そんな優しいんですか……」

掠れた声。

私は少し困ったみたいに笑った。

「優しくなんかないよ」

「わたしも、みんなに支えてもらったから」

森崎さん。

梓。

陽貴くん。

先生たち。

たくさんの人に支えられて、ここまで戻ってこられた。

だから今度は。

自分が、誰かの隣にいたいと思った。

私はそっと立ち上がる。

そして。

「今日は、一緒に帰ろ」

そう言って、橘さんへ手を差し出した。

橘さんは目を丸くしたあと。

少し迷ってから。

震える手で、私の手を取った。

その温度が。

少しだけ、前へ進めた気がした。
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