トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
ヘリは無事、現場近くの臨時離着陸地点へ到着した。

ドアが開く。

強い風、救急隊の声、緊迫した空気。

私はすぐにストレッチャーと機材へ手を伸ばす。

「橘さん、モニターお願い」

「……はい!」

返ってきた声は、少し緊張していた。

でもちゃんと前を向いていた。

私たちは救急隊と合流し、患者さんの元へ走る。

アドレナリンが身体を駆け抜ける。

現場に着いた瞬間。

橘さんの動きが、一瞬だけ止まりかけた。

事故現場、血の匂い、サイレン。

フラッシュバックしそうになる空気。

でも。橘さんは、止まらなかった。

ぎゅっと唇を噛んで。

深呼吸して。

そして。

「SpO2下がってます!」

声を上げた。

私はすぐ頷く。

「酸素準備!」

「はい!」

その返事は、もう震えていなかった。

そこからの橘さんは、本当に必死だった。

処置介助、バイタル確認、記録、搬送準備。

時々呼吸が浅くなりながらも、決して逃げなかった。

西国先生も、そんな橘さんを見ながら何も言わない。

ただ、いつも通り指示を飛ばす。

それが逆に、“もう現場の一員として見てる”って感じがした。

そして。搬送完了。

ヘリへ戻る頃には。

橘さんの額には汗が滲んでいた。

でもその顔は、少しだけ違って見えた。

恐怖だけじゃない。

ちゃんと、“やれた”って顔をしていた。

病院へ戻る。

ヘリポートへ降り立いた瞬間。

エンジン音が徐々に小さくなる。

ヘッドセットを外した橘さんが、その場で小さく息を吐いた。

まるで今まで止めてた呼吸を、やっと吐き出したみたいに。

ICUへ戻る途中。

橘さんはずっと無言だった。

でもナースステーションへ着いた瞬間。

突然、ぽろっと涙を零した。

「……橘さん」

私が声をかけると。

橘さんは慌てて涙を拭う。

「す、すみません……」

「なんで謝るの」

すると橘さんは、ぐしゃぐしゃの顔のまま笑った。

「……怖かったです」

震える声。

「でも……」

涙がまた落ちる。

「ちゃんと、動けました……」

その言葉に私は胸が熱くなる。

森崎さんも、少し離れた場所で静かに笑っていた。

西国先生なんて、カルテを見ながらぼそっと言う。

「まぁ復帰初回にしては上出来」

それだけ。

でも橘さんの肩が、小さく震えた。

きっと。

その一言が、嬉しかったんだと思う。

そして。

橘さんは私たちへ向かって、深く頭を下げた。

「……ありがとうございます」

その声は。

前みたいな、どこか壁を作る言い方じゃなかった。

ちゃんと心から出た声だった。

私は小さく笑う。

「お疲れさま、橘さん」

すると橘さんが、泣きながら笑った。

その顔はもう。

事故前の“強がるだけの橘さん”じゃなかった。

怖さを知って。

苦しさを知って。

それでも戻ってきた。

ちゃんと、自分の足で乗り越えることができたんだ。
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