トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
「はい、あなたたち〜仕事戻ってね」

パンッ、と師長さんが手を叩く。

「お土産は休憩の時!」

その一声で。

「はーい!」

「あとで絶対食べます!」

「一ノ瀬さん逃げないでくださいね!」

さっきまで騒いでいたスタッフたちが、名残惜しそうにしながらも、それぞれ持ち場へ散っていく。

その統率力に、私は思わず苦笑した。

……相変わらず強い。

さすが師長さんさん。

嵐みたいだったICUが、数十秒でいつもの空気へ戻っていく。

私はその光景を見ながら、小さく笑った。

すると師長さんが静かに私を見る。

「で、一ノ瀬」

少し真面目な声。

「大阪どうだった?」

その言葉に。

私は自然と背筋を伸ばした。

師長さんは続ける。

「事故のことも聞いたわ」

優しい声だった。

責めるでもなく。

探るでもなく。

ただ、本当に心配してくれていたのが分かる声。

私は小さく頭を下げる。

「……ご心配おかけしました」

「身体はもう、すっかり平気です」

師長さんは静かに頷いた。

私は少しだけ視線を落とす。

大阪での半年間を思い出す。

初めての土地。

育成支援プロジェクト。

現場。

事故。

リハビリ。

復帰。

たくさんの人との出会い。

全部が、一気に頭へ浮かんだ。

私はゆっくり口を開く。

「……いろんな現場を見ました」

「いろんな人とも出会って」

「自分はまだまだなんだって、いっぱい思い知らされました」

悔しいことも、何度もあった。

現場で動けなかった日。

身体がついてこなかった日。

事故のあと、飛ぶのが怖かった瞬間もあった。

でもそれ以上に。

学んだことの方が、ずっと多かった。

私は少し笑う。

「でも、その分……たくさん学んできました」

そう言うと。

師長さんがふっと目を細めた。

「……顔つき変わったわね」

「え?」

「前よりずっと、自信に満ちてる」

その言葉に。

私は思わず照れたように笑ってしまう。

そんな風に見えるんだ。

すると。

師長さんがデスクの引き出しを開けた。

何かを取り出す。

「それでね、一ノ瀬」

私は首を傾げる。

師長さんは、小さなケースをこちらへ差し出した。

「今回の研修を終えて」

「あなたは院内初の“フライトナース認定指導者”になったわけ」

私は目を見開いた。

ケースを開く。

そこには、新しい名札。

見慣れた病院のロゴ。

自分の名前。

そして。

名前の左上に、小さく刻まれた文字。

——《フライトナース認定指導者》

その文字を見た瞬間。

胸が、熱くなる。

大阪での日々が蘇る。

苦しかったこと。

悔しかったこと。

でも。

必死に積み重ねてきた時間。

全部が、ちゃんとここへ繋がってた。

私はそっと名札へ触れる。

「……すご」

思わず、小さく漏れた声。

師長さんが優しく笑う。

「あなた、ほんと頑張ったもの」

私は唇を噛んだ。

泣きそうになるのを誤魔化すみたいに、小さく笑う。

「……ありがとうございます」

すると。

師長さんが、いつもの仕事モードの顔へ戻る。

「とはいえ」

「まずはちゃんと休みなさい」

「え?」

「1週間」

私は目を丸くする。

師長さんが腕を組んだ。

「ゆっくり休んで、来週から出勤頼むわね」

その言葉に。

私は思わず笑ってしまう。

「……了解です」

「無理は禁止」

「はい」

「あと、絶対復帰早々倒れないこと」

「……努力します」

「努力じゃなくて約束」

ぴしゃりと言われる。

私は苦笑しながら、素直に頷いた。

「……約束します」

すると。

師長さんが満足そうに笑った。

「よろしい」

その瞬間。

胸の奥へ、じんわり温かいものが広がる。

帰ってきた。

本当に。

私はまた、この場所で前へ進いていくんだ。
< 230 / 242 >

この作品をシェア

pagetop