トップアイドルは白衣の天使に恋をする-second-
急変が落ち着いたあとのICUは、さっきまでの嵐が嘘みたいに静かだった。

人工呼吸器の規則的な送気音だけが、一定のリズムで部屋に残っている。

私はモニターを見ながら、呼吸状態の推移を時系列で追っていた。

「……ここで痰が一気に動いたのかな」

小さく独り言のように呟くと、隣にいた若手看護師が頷く。

「ほんまですね……こんな急に落ちるんや」

そう言いながら2人で波形を照らし合わせていく。

一つずつ整理していくうちに、さっきの緊張が少しずつ“経験”に変わっていく感覚があった。

その時。

後ろから足音が近づく。

「お疲れ」

森崎さんだった。

手にはコーヒーの紙カップ。

「初日でこれは上出来すぎやな」

軽い言い方なのに、目はしっかりと私を見ている。

「……たまたまです」

そう返すと、森崎さんはふっと笑った。

「たまたまでは動けへんで、あれは」

一瞬、言葉が詰まる。

その時、ドクターが再び病室へ戻ってくる。

「さっきは助かりました。…見ない顔ですね。」と。

短くそう言って、カルテを確認する。

「初日なんですけどね、その人」

森崎さんの言葉にドクターの手が一瞬止まる。

「初日?」

「ええ。今日からICU」

その瞬間、ドクターがわずかに目を上げる。

今度は、ちゃんとこちらを見る目だった。

「……それであの動きですか」

少しだけ沈黙。

モニターのアラーム音もなく、ただ人工呼吸器の音だけが続く。

私は視線を外さずに言う。

「前の現場で経験があるだけです」

それ以上は足さない。

ドクターは小さく息を吐くと、短く頷いた。

「ICU、慣れてください」

それは命令でもなく、評価でもなく。

そして最後に一言だけ付け足す。

「……すぐ頼りにします」

その言葉が落ちた瞬間、ICUの空気がほんの少しだけ変わった。

試されていた側から、同じ場に立つ側へ。

私は軽く頭を下げる。

「よろしくお願いします」

ドクターはもう一度だけこちらを見てから、次の指示へと視線を戻した。

森崎さんが、横で小さく笑う。

「ほらな」

その一言だけが、妙に重く残った。
< 75 / 242 >

この作品をシェア

pagetop