そのほくろに恋をした

運命の出会い


 世の中には二種類の人間がいる。
 顔が好きな人間と、ほくろが好きな人間だ。
 私──雛形雪は後者である。

 特に「口元のほくろ」に対しては、もはや愛とか萌えとかそういう次元ではなく、信仰に近いと自負している。

 位置。
 大きさ。
 口角との距離感。
 それらの奇跡的な調和によって、ほくろは芸術になる。

「新社長めっちゃイケメンらしいよ〜」
「え、独身!?」
「早く見たーい!!」

 朝の給湯室でそれを聞きながら、私は紙コップのコーヒーをすすった。

 顔に興味はない。
 大事なのは口元。
 そこに“ある”か“ない”か。それだけだ。

「雪ー!!」
 幼馴染である営業部の沖田修二が私の名を呼びながらひょっこりと顔を出す。

「朝礼始まるぞ」
「はーい」

 ***

「写真見たけど、芸能人レベルだった」
「ビジュ良い社長最高じゃん」

 皆、顔ばっかり見てる。
 わかってないなぁ。
 大事なのは口元だって──。

 その時、大会議室の扉が開いた。
 途端に空気が変わって、背の高い男が静かに部屋に入って来た。

 皺ひとつない黒いスーツ。
 鋭い切れ長の目。

 なるほど。確かに顔はいい。
 でもそんなことはどうでもいい。
 肝心なのは、口元だ。

 私は反射的に視線を下げた。
 そして、見つけてしまった……。

「………………え」

 右口角の少し上。
 小さくて控えめで、けれど異常な存在感を放つ、その黒き一点……!!

 完璧に、理想そのもの。
 ”ソレ”から目を離すことなく、私は思わず息を呑んだ。

 なにあれ。え、待って……。
 美しすぎない?

 綺麗な円形。
 主張しすぎない大きさでもちゃんと視線を引くソレ。
 しかも口角の動きに絶対連動する位置で、それにより色気が増し増しになる。
 素晴らしい……!!

「──本日より、亡き社長に代わり社長に就任した、水川蓮です」
 低い声が大会議室に響く。

 芸術品? 本当に生きた人間なの?
 社長(の口元)から目を逸らすことなくそんなことを考えていると、隣から肘でつつかれた。

「おい。顔、やばいぞ」
「え?」
「獲物狙う肉食獣みたいになってる」

 失礼な。
 私はただ感動しているだけだ。
 そのほくろに。芸術に。

 その時だった。
「っ!!」
 壇上の新社長と目が合った。

 ひやり、とするほど冷たい目。

 怖っ。
 え、私何かした?
 ほくろ見すぎた?

 まぁいい。
 嫌われたとしても遠くから鑑賞するという手だってある。

 近づく必要なんてない。
 だって私は出会ってしまったんだから。

 私の、理想の芸術(ほくろ)に────っ!!

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