悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー
第二十二章:何故自分だけがこんな目に ※王太子視点2/4
――あの晩、アルヴェインは舞台を選んだ。
王城最大の舞踏会場。高窓から垂れる薄紗の幕は星の光を含み、百の燭台が蜜色の光を撒き散らす。花は遠方の温室から選りすぐられ、音楽は宮廷でも指折りの楽団が担っていた。
異母弟の婚約披露。王家の未来を寿ぐ席だ。
(ここで、すべてをひっくり返す)
常に渦巻く劣等感と苛立ち、その底から今か今かと期待している強い欲望、それは自分こそが一番注目されるべきだと皆が認めてくれる甘い期待だ。
それは誰かが撫でた水面の波紋のように、そっと彼の思考の中で響き、強まっていった。――アイラの契約の残響だった。
半端な乙女アイラが、誘惑の悪魔フィンレイと交わした契約。彼女の「優雅に、楽に、愛されたい」という欲望を核に、悪魔は世界の偶然をわずかに傾けた。
命令ではない。掌で水面を撫でるような微細な流れが、アルヴェインの猜疑や見栄に触れ、最も都合のよい形へと増幅させる。
だから「自分で選んだ」と思える。だからこそ、後戻りは難しい。
(オリヴィアはもう要らない……弟も要らない、使える価値より苛立つことが多すぎる……)
「オリヴィア・エルフォード。本日をもって、婚約を破棄する!」
何も知らないアルヴェインの口から、矢のように放たれた言葉が、シャンデリアが煌めくの天井を震わせた。
楽団は音を落とし、踊り手は動きを止め、杯の縁が小さく鳴る。弟の晴れ舞台を兄が奪う――その無作法さ自体が力の誇示であり、弟への牽制であり、臣下への示威だ。
(お前の番など永久に回ってこない。玉座は俺のものだ)
そんな幼稚な自己主張すら、彼は政治的判断だと信じた。
宣言の直後、アルヴェインはアイラの手を取り、満座の前で告げる。
「彼女こそ、真に愛すべき乙女だ」
愛という言葉の中身は空洞だ。実務の柱を失ってなお、御しやすい微笑を据えておきたいだけ。アイラ派の貴族の歓心を買い、扱いやすい次期王妃像を示し、オリヴィアを政から遠ざける――三つの利を一手に得るための演出に過ぎない。
アイラは完璧に笑った。勉強を放り投げ、鏡で何度も練習していた笑みだった。
アルヴェインは安堵した。彼女を愛しているからではない。自分を愛してくれる「像」が隣に立ってくれる便利さが、胸のざわめきを鎮めたのだ。
――これで、やっと誰もオリヴィアと自分を比較しない。
胸の内に、抑えきれない昂揚が湧く。彼は笑った。冷たく、長く、獰猛に。やっと心の底から。
(お前はもう、王太子の婚約者の座を失い、惨めに違いない……‼︎)
「誰もお前なんか必要としていないことを思い知れ!」
声に出した瞬間、甘い陶酔が舌に残った。彼は満足げに唇を湿らせる。
◇◇◇
騒動の後、王はアルヴェインを呼びつけ、短い言葉で叱責した。
「公私の別を失うな。弟の婚約の席で、何をやった」
取り巻きの重臣たちは沈黙をもって賛同し、古参の貴族は目を伏せる。
アイラ派の若い貴族は裏で杯を打ち鳴らし、歓声を上げたが、実務を担う官庁は一斉に冷たくなった。
(……なぜだ。うまくいくはずだった)
胸の内で言い訳が渦巻く。愛を選んだと装えば民は喜ぶはずだ。華やかな乙女を前に出せば宮廷は明るくなるはずだ。
だが現実は、オリヴィアの不在で露呈した無能、過去の手柄横取りの噂、弟の評判の上昇――それらが一つの像になり、彼を追い詰めていく。
何が違う、何で俺だけがこんな目に遭うんだ。
王城最大の舞踏会場。高窓から垂れる薄紗の幕は星の光を含み、百の燭台が蜜色の光を撒き散らす。花は遠方の温室から選りすぐられ、音楽は宮廷でも指折りの楽団が担っていた。
異母弟の婚約披露。王家の未来を寿ぐ席だ。
(ここで、すべてをひっくり返す)
常に渦巻く劣等感と苛立ち、その底から今か今かと期待している強い欲望、それは自分こそが一番注目されるべきだと皆が認めてくれる甘い期待だ。
それは誰かが撫でた水面の波紋のように、そっと彼の思考の中で響き、強まっていった。――アイラの契約の残響だった。
半端な乙女アイラが、誘惑の悪魔フィンレイと交わした契約。彼女の「優雅に、楽に、愛されたい」という欲望を核に、悪魔は世界の偶然をわずかに傾けた。
命令ではない。掌で水面を撫でるような微細な流れが、アルヴェインの猜疑や見栄に触れ、最も都合のよい形へと増幅させる。
だから「自分で選んだ」と思える。だからこそ、後戻りは難しい。
(オリヴィアはもう要らない……弟も要らない、使える価値より苛立つことが多すぎる……)
「オリヴィア・エルフォード。本日をもって、婚約を破棄する!」
何も知らないアルヴェインの口から、矢のように放たれた言葉が、シャンデリアが煌めくの天井を震わせた。
楽団は音を落とし、踊り手は動きを止め、杯の縁が小さく鳴る。弟の晴れ舞台を兄が奪う――その無作法さ自体が力の誇示であり、弟への牽制であり、臣下への示威だ。
(お前の番など永久に回ってこない。玉座は俺のものだ)
そんな幼稚な自己主張すら、彼は政治的判断だと信じた。
宣言の直後、アルヴェインはアイラの手を取り、満座の前で告げる。
「彼女こそ、真に愛すべき乙女だ」
愛という言葉の中身は空洞だ。実務の柱を失ってなお、御しやすい微笑を据えておきたいだけ。アイラ派の貴族の歓心を買い、扱いやすい次期王妃像を示し、オリヴィアを政から遠ざける――三つの利を一手に得るための演出に過ぎない。
アイラは完璧に笑った。勉強を放り投げ、鏡で何度も練習していた笑みだった。
アルヴェインは安堵した。彼女を愛しているからではない。自分を愛してくれる「像」が隣に立ってくれる便利さが、胸のざわめきを鎮めたのだ。
――これで、やっと誰もオリヴィアと自分を比較しない。
胸の内に、抑えきれない昂揚が湧く。彼は笑った。冷たく、長く、獰猛に。やっと心の底から。
(お前はもう、王太子の婚約者の座を失い、惨めに違いない……‼︎)
「誰もお前なんか必要としていないことを思い知れ!」
声に出した瞬間、甘い陶酔が舌に残った。彼は満足げに唇を湿らせる。
◇◇◇
騒動の後、王はアルヴェインを呼びつけ、短い言葉で叱責した。
「公私の別を失うな。弟の婚約の席で、何をやった」
取り巻きの重臣たちは沈黙をもって賛同し、古参の貴族は目を伏せる。
アイラ派の若い貴族は裏で杯を打ち鳴らし、歓声を上げたが、実務を担う官庁は一斉に冷たくなった。
(……なぜだ。うまくいくはずだった)
胸の内で言い訳が渦巻く。愛を選んだと装えば民は喜ぶはずだ。華やかな乙女を前に出せば宮廷は明るくなるはずだ。
だが現実は、オリヴィアの不在で露呈した無能、過去の手柄横取りの噂、弟の評判の上昇――それらが一つの像になり、彼を追い詰めていく。
何が違う、何で俺だけがこんな目に遭うんだ。