悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー

第四十一章:魔界門の目覚め

 国が止血を模索する中、アルヴェインの腹違いの弟――第ニ王子が暫定王に指名される。

 だが混乱の匂いに敏い者は多い。北の強国は海を埋めるような軍艦でやって来ると、次々に街を占拠した。

 王国軍は統率が取れず、王都も王城も、ほとんど抵抗する間なく占拠された。

 そこからが、予想外だった。

 強国は旗を立てると同時に刃を収め、略奪を禁じ、むしろ倉庫の中身を国民に行き渡らせた。街道の要所には診療所が設けられた。

「まさかこんな有り様とは…奪ったところで国民と領土が使い物にならなければ意味がない…。」
「今のタイミングで国民に施せば、反感を抱かれず、後の反乱分子を減らす事が出来て合理的ですね」

北の国王と側近はそんなことを言いながら、占拠した街の様子を馬車で視察して回っていた。
 広場の銅像は撤去され、古い紋章旗は外されたが、暮らは目に見えて良くなっていく。

 川に魚が戻り、干上がった畑に作物が実り、盗賊狩りで交易路は安全を取り戻す。
 昼のパンは香ばしく、夕暮れには路地でスープの湯気が立った。診療所で子どもの咳が減り、学校を増やそうという動きも出てきた。

 人々は笑い、そしてやっと安心して眠ることが出来た。
「支配」という言葉の裏側に、確かな安定があった。

◇◇◇
 何故こんな平和な支配があったのか。

 ――北の大国が攻め込んだのは海からだった。王都の外れ、王家の別荘は、大国の攻撃対象に丁度良かった。

 砲撃により眠っていた魔界門が、音もなく輝きを帯びた。

 門はオリヴィアの指輪の石から絶望を受け取り続けていた。魔界門はそれ自体が魔法陣だ。
 オリヴィアの「親に二度目の生贄にされる」という深い絶望により満たされた後、悪魔の召喚もしくは門の通過を希望する者を待っていた。

 轟音を儀式の開始と見做した門は、その黒く複雑な紋様が薄金に脈打ち、月のような光が静かに広がっていく。

 やがて、門はエラーを示した。
 ――該当する魂が存在しません。

 オリヴィアの魂は、すでに魔界へ帰還している。帰還の願いは叶えられない。鍵穴は怯えた蝶のように震え、次の選択肢を探した。

 悪魔の課題を乗り越えた者への報酬として、門は「帰還」以外の願いを参照する。最後にこの世界で彼女が抱いた祈り――「子どもたちを救いたい。」

 光が、ふっと強くなった。吸い込んだ絶望は同量の“庇護”へと変換され、網目のように王都の上空へ広がった。

つまり強国の支配に人道的な救いが宿ったのは、オリヴィアが願った「弱き者を守る未来」が、見えない防壁の形で街に降りたのだ。

 人々は理屈を知らない。けれど、誰もが感じ取った。
 ――この国は守られている。聖女オリヴィアに。

 やがて王都のエルフォード侯爵家跡地に教会が立った。聖オリヴィア教会。

大理石の階段は低く、誰の足でも上がりやすい。

 献堂式の日、母たちが子を抱いて列をなして祈った。

「聖女様、また来るね!」
 広場を駆ける子のひとりが尖塔を仰いで叫び、隣の子がうんとうなずく。
「聖女様ね、笑ってた。僕に『大丈夫』って言ってくれたんだ」

そんな子供たちの姿を聖オリヴィア教会のシスターシャーロットが笑顔で見守っていた。

◇◇◇

 オリヴィアが帰還して数日後の魔界の屋敷。
 ノクティレアの家は、帰還した娘を迎える祝宴で明るく華やいでいた。
 天井から垂れる飾り布が灯火に揺れ、卓には肉や果実、焼き菓子が山盛りに並ぶ。
家族に加えてオリヴィアの知人友人も交えて家が狭いくらいだった。
弟妹たちは競うように抱きつき、年長の兄姉たちは順番に「おかえり」を繰り返す。

「姉さん! 本当に帰ってきたんだ!」
「ずっと待ってた!」
 泣き笑いの声に囲まれ、オリヴィアの胸は熱くなった。

 その様子を見つめるノクティレアは、静かに微笑んで言う。
「おかえり、オリヴィア」
「……ただいま、母さん」
 頬に触れる母の手は、幼い頃と変わらぬ温もりを宿していた。

 オリヴィアは微笑んだ。それは静かな毎日の温もりを受け止める笑みだった。
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