クールな年上彼女は焼酎がお好き
 夕方から夜に変わりゆくオフィスでは、キーボードを叩く音がかれこれ二時間ほど続いている。定時が間近に迫り、僕は入力作業をとても急いでいた。
 地道な仕事もようやく終わりが見えて気が緩んできたころ、事故は起こった。

「あ……っ、固まった!」

 パソコンがいきなりフリーズしたのだ。続けてアプリケーションが強制終了し、僕も一緒にフリーズした。

「あれ、最後に保存したのいつだっけ……?」

 作業に没頭していて、一度も保存した記憶がない。
 神に祈る気持ちで再度アプリケーションを起動し、ファイルを開くと、僕の二時間の努力は綺麗さっぱり失われていた。

「まじか……」

 時計の針は十七時五十分を指している。十分でなんて、終わるわけがない。
 絶望に追い打ちをかけるようにスマホが着信を告げた。

『仕事終わりそう?』

 大好きな彼女からのメッセージ。
 つい三分前までは、意気揚々と『しっかり終わらせました!』なんて成長をアピールするつもりでいた。

『すみません。ちょっとミスしちゃって、残業になりそうです……』

 情けなさに震える指で画面をタップする。
 間をおかずに届いたメッセージを見て、僕はがっくりと肩を落とした。

『それは仕方ないね。残業頑張って。お店はキャンセルしとく』

 画面に表示されるキャンセルの文字が実にあっけらかんとしている。付き合いはじめて三回目のデートだったのに、頼子(よりこ)さんは残念に思わないのだろうか。……思わないのだろうな。
 仕方ないね、そこに全てが集約されている。
 会社で先輩にあたる三つ歳上の彼女はいつだって大人だ。仕事ができて、冷静で、なんでもクールに割り切ってしまう。
 だから本当に「仕方ない」の一言で、この一件は彼女の中で片付けられたのだろう。
 僕はといえば、ちっぽけな失敗にいつまでもくよくよして、作業を再開することもままならないでいる。
 こんなんじゃ二時間かけても終わらないかも……いや、終わらせよう。頼子さんは仕事をおろそかにするのをとても嫌うから。デートをキャンセルしたうえ、だらだら残業してたんじゃ、いいところが一つもない。
 僕は軽く肩を回し、ぶっ通しだった入力作業の凝りをほぐすと、気合いを入れてディスプレイと向き直った。
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